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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

物語世界の「クロスオーバー」「後日談」に関するモヤモヤを語った「トクサツガガガ」が興味深かった

twitterで連続ツイートしたものの再構成です。

あとで書こうと思ってたら、もう月曜には次号が出てしまうのでとりあえずで。

ビッグコミックスピリッツ7号「トクサツガガガ」では、
「作品のクロスオーバーで、ちょっとだけ登場する過去作品」
「そこで語られた『その後の物語』が正解なのか?」
「僕らの想像と違う!」
等の問題が論じられました。


僕はクロスオーバーとか、過去の作品世界が今の作品と繋がる、みたいな話の大好きっこで、そういう大肯定派なのだが、たしかに、とある完結作品が、ちょっとクロスオーバーで登場し「その後の〇〇」がちょっと語られてはいおしまい、だとこんな不満も出るだろうなあ、と思う思う。納得する。
  



しかし、作者や作り手は「神」であり、読者はその信者にすぎぬ。
「我らは神から幸いを頂いたのだから、不幸も頂こう」(旧約聖書ヨブ記」)


しかし、そうではない!と神に叛旗を翻し、自分たちが想像した世界も、作者の公式に負けないものだと言い出すルネッサンスな人も出てくる。

それを「テクスト論」「作者の死」と、世の人はいうらしい。

創作物の「解釈権」はどこに?「真実」はあるの?古くて新しい話題(「卒業写真」話続き) - http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20160315/p3


そう、下のコマにあるように、包帯ぐるぐる巻きで「実は生きていた」なんて説明するのはまだ整合性に気を使ってるほうで「しれっと死んでないことになってる」のも、ある、ある。

ザ・ニンジャ、ライダーマン……ザ・ニンジャの時は本当に最初「何の説明もなし」だったからな。あ、ペンタゴンもいた!!!!



……あるいは確かに、精緻な設定や場面の説明が「公式設定集」「オフィシャルデータブック」で語られることもある。だが「番組中には出てこない説明や後日談が、しれっと一行書かれていればいいのか?」というのは確かに言われれば難しいところだ。



ということで「トクサツガガガ」のこの回は(続く)
posted at 12:42:38

19時間前@gryphonjapan
gryphonjapan@gryphonjapan

公式設定と二次創作、ファンと送り手の関係、
設定の矛盾、その補足説明、外伝、後日談、前日譚、クロスオーバーの功罪、

そして「物語とはそもそも何か。そしてだれのものか」

・・・・・・などを、深く考えさせる一篇でありました。

付記その2

しれっと、「公式」の補足が出たといえば、小畑健先生が描いた
「10年後の進藤ヒカルと塔矢アキラ」
がある(リンク参照)
先生が書いた以上、これが「正解」な、わけです。
どっちが名人になったとかは書いてないのが幸いか。

ヒカルの碁」のヒカルと塔矢の10年後を、小畑健が描いた絵があるらしい - http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20131022/p7