「令和おじさん」菅義偉氏が政界引退へ…「ふるさと納税」創設主導、歴代最長7年8か月も官房長官在職
2026/01/16 16:39 (2026/01/16 20:35更新)
自民党の菅義偉・元首相(77)(衆院神奈川2区)は、衆院選に出馬せず、政界を引退する意向を固めた。17日にも横浜市内で表明する。
新元号「令和」を発表する菅官房長官(2019年4月1日)
菅氏は横浜市議を経て1996年の衆院選で初当選した。2006年の第1次安倍晋三内閣で総務相として初入閣し、「ふるさと納税」制度の創設を主導した。12年12月からの第2次安倍内閣以降、官房長官として首相の安倍氏を支え、在職日数は歴代最長の7年8か月に及んだ。19年4月には、新元号「令和」を発表し、「令和おじさん」として注目された
私、菅義偉は、今般行われる予定の衆議院議員総選挙に出馬せず、後進に道を譲る決意をいたしました。
— 菅 義偉 (@sugawitter) January 17, 2026
雪深い秋田の農家に生まれ、地縁、血縁のない横浜で、政治の世界に飛び込みました。
ゼロからのスタートだった私が衆議院議員として30年、内閣官房長官、内閣総理大臣を務めることができました。…
その関連で自分の紹介したこの記事にも注目集まり、再度来訪者が多い。
この週刊現代記事はやはりスクープだったのだろうか。
m-dojo.hatenadiary.com
一日早く、独自記事で不出馬を報じた産経記事のブクマにこう書いた。
b.hatena.ne.jp
首相失脚の直接の理由は「横浜市長選でリベラル勢力が、総力を挙げて正義のヒーロー・山中竹春さんを応援し、勝利させたから」というのが、いましみじみと思い起こされる。
https://b.hatena.ne.jp/entry/4781842403995054177/comment/gryphon
……会見の冒頭で山中市長は告発に対する説明を行い、「バカ」「ポンコツ」「クズ」「おばさん」といった発言について「そのような発言はありました」と認めた。また、告発した職員に対しては「心理的負担をおかけしてしまったことについては、心苦しく思っておりますし、当該職員にお詫びしたいと思います」と謝罪の意向を示した。一方で容姿を揶揄する発言については「おこなっていません。事実ではありません」と否定した。
news.yahoo.co.jp
お疲れさまでした。
ところで、SNSなどでは紹介したし、ブログでも過去記事で紹介してたんだが、今忘れてて(笑)、一からスキャンしたので再度、氏の引退記念に紹介しておく。
これはそもそも「インバウンドの弊害」「観光に来た不良外国人」の話題が多く上るようになったときに、
「そもそも外国人観光客が倍増以上になった経緯」を語るために用意していたのだった。
この本からである。
ぶっちゃけ、たった1年だった菅義偉内閣、菅義偉総理の軌跡を描く本なんていうのは、商業的なノンフィクションとしてはもう出る見込みがないだろう。
(むしろ総務大臣・官房長官時代の方が剛腕として注目され、本が数冊出ていたと記憶している)
目に見える政策を
安倍政権は「アベノミクスの『三本の矢』」、「一億総活躍社会」など看板政策を矢継ぎ早に 打ち出し、国民を飽きさせない演出に腐心してきた。しかし、官房長官時代の菅はこうした政 策とは一線を画し、独自の道を突き進んでいた。
菅に近い官僚は、こう分析する。
「菅さんは、『タンジブル(実体がある、実際に触れることができる)』な政策にしか興味がない。目に見えて、数字で結果が分かるものにしか関心がないのが特徴だ」
その一番分かりやすい例が、外国人観光客の誘致だ。管にとって、インバウンド政策とそが、 地方創生の切り札だと考えていた。
2017年1月22日のことだった。官房長官秘書官が興奮した様子で、菅の執務室に報告に 入る。
「長官、去年1年間の訪日外国人観光客数が、ついに2400万人を超えました」
政権交代前の2012年には830万人だった訪日外国人が、わずか4年で約3倍に増えたという統計が、年が明けて確定したのだ。 しかし、一つ変えずに、こう返した。 「今月の数字はどうなっている?」インバウンド政策こそ、官房長官時代に最も力を入れ、成果を出したものだった。 スタ ートは、「なぜ、日本を訪れる外国人観光客は韓国よりも少ないのか」という素朴な疑問だっ た。 そこで、各所に事情を聴くと、浮き彫りになったのが訪日ピザという規制の存在だった。 治安悪化を懸念する警察庁や法務省の大反対を受けたが、赤坂の議員宿舎に国家公安委員長や 法相、外相を集め、わずか10分で、ビザ取得要件緩和の判断を下したというエピソードの披露 は、昔の演説でのお約束になった。
観光政策に大きな影響を与えたのが、2015年に出版した著書『新・観光立国論」で 日本のそれまでの観光政策の誤りを指摘してきたデービッド・アトキンソンだ。イギリス出身のアナリストで、日本の文化財の修復を手がける小西美術工藝社の社長を務めるアトキンソンは、観光立国としての日本のポテンシャルの高さを指摘し、その活用のために必要な具体策を提言した。菅は、アトキンソンを政府の「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」の有識者に登用し、文化財の「保存」から「活用」への転換など、それまでの日本の観光政策を覆す具体策を繰り出していく。
その一つが、赤坂迎賓館の開放だった。菅は、まだ総務大臣だったころ、初めて足を踏み入れた日本唯一のネオ・バロック様式の西洋宮殿建築に、「迎賓館という施設は何て素晴らしい。自分の親にもいつか見せてあげたい」という思いを抱いたという。そして、官房長官に就任するとすぐに、この迎賓館を国民のため、観光客のため開放することを決断する。
それまでは、迎賓館は年間で約10日間、しかも抽選制で一般に開放されるだけだった。 しかし、外国要人の接遇で使用されるのは、年間わずか数回。「こんなの、国民から見ておかしいでしょ」。菅の動きは早かった。迎賓館の職員は、「接遇への影響」 や 「施設の保全」など開放に反対する理由をいくつも挙げてきたが、抵抗する幹部を交代させ、アトキンソンを迎賓館のアドバイ ザーとして送り込んだ。 人事で、その強い意志を示すのが菅のやり方だ。
2015年1月、菅は赤坂迎賓館間約150日、一般公開することを発表する。 これが観光客の人気を博し、今では、一般公開は250日間にも及び、その前庭ではアルコールなど酒食も提供されるようになり、観光拠点へと様変わりしようとしている。管が開いた重い扉は 坂迎賓館だけではない。 京都迎賓館や京都御所、 桂離宮など、一般の国民に閉ざされていた施設を一般に開放することを決めたのだ。
その他にも、菅は、「なぜ、日本では免税品売り場は、空港など限られた場所にしかないのか 」という疑問から、 免税制度の改革に取り組む。 免税品売り場に関する規制を緩和し、さらに免税品の対象も拡大したことで、海外の観光地と同じように、街中に免税品売り場があふれるようになった。
きらに、2016年春、菅が目をつけたのが、観光資源が豊富な北海道の玄関口、新千歳空港だった。ここには航空自衛隊千歳飛行場が隣接していたために、発着枠に大きな制限があった。そこに切り込んだ。
「新千歳空港は『自衛隊が週2回は24時間訓練している』という理由で、その時間帯は民間航空機の発着ができなかった。でも、内々に調べたら24時間も訓練なんてしていなかったんだよ。 あと、自衛隊は『中国やロシアの民間機が来ると、自衛隊の基地が見られてしまう』と言うんだけど、今は、衛星もあるのだから、そんなことしなくたって見られるだろ」
規制の固い扉をこじ開けようとする菅に、防衛官僚が反発する。
「そんなことをしたら、自民党の防衛族の先生方からも異論が出ます」
これに菅は激怒する。
「お前らは余計な心配をしなくていい。防衛族への説明は私がやる。自衛隊が持っている基地だと思っているのだろうけど、これは国民のものなんだから、勘違いするな。ただ、訓練を本当に週2回24時間やっていて、国防上不可欠だというのであれば、私は無理を言わない。だったら、今までの訓練の実績を全部持ってこい」
結局、防衛省は、実績に関する資料を持ってこなかった。そして、1時間あたりの発着枠を 3回から4回へ拡大することを容認し、さらに中国とロシアの民間機に対する発着制限を大幅に緩和することを認めた。これにより、北海道への外国人観光客が一気に増えることとなった。菅は、こうした省庁横断のインバウンド政策を次々に打ち出していく。外国人観光客急増の 恩恵は地方経済にも及び、「もう二度と上昇しない」とさえ言われていた地方の地価を2年ぶりに上昇させた。外国人観光客による消費額は約1兆円から約5兆円にまで伸び、観光は日本の新たな成長へと育った。 コロナによって、こうしたインバウンド効果は一時的に減少してしまったが、日本が観光立国を目指すための道筋は明確になったといえる。
アトキンソンは菅の手腕に感嘆する。
「菅官房長官は、会議で私たち有識者がプレゼンテーションをしている最中に、資料に字を書き込んでいるのです。何を書いているのだろうと目を凝らして見てみると、「どこの部分を、どこの省庁に担当させるか』を書いていました。すると、1時間の会議を終えて、出た途端に、私の携帯電話が鳴り出したのです。 「環境省ですが、今どちらですか?」「 観光庁ですが、今から役所に来ていただけませんか?』などと、いくつもの省庁から一斉に電話が来たのです。これまでも、観光に力を入れてきた政治家は自民党にもいました。 でも、 官房長官の実行力、スピード感は、その誰とも比較にならないほどすごい。この人の前で下手なことを言ったら、すぐに動いてしまうので、本当に緊張しますよ」
菅は、秋田・湯沢高校の大先輩で、ニューヨーク大学の名誉教授を務める佐藤隆三から、か つてかけられた言葉が忘れられないという。
「私は教授として、いろんなことを政府に助言することはできるけど、皆さんのことがすごくうらやましい。政治家というのは真っ白なキャンバスに絵を描くことができるのですからね」
派閥を渡り歩き、幾度となく総裁選で大勝負を打ってきたこともあり、管には「政局の政治家」……(というイメージがあるが、むしろ具体的政策に強い…的なことがかいてあった)
孤独の宰相
これを以前紹介して(忘れていた)過去記事には、「携帯電話と実名を紐づける政策」についての一連の経緯もある。
政治家はいわゆる「アレオレゾンビ」(俺があれをやったと自慢する)だから割り引いて語る必要もあるかもだが、いまでは一応は当たり前になっている「携帯電話を購入するには身分をきちんと開示、登録しなければいけない」という政策は当初は相当に消極論があり、政治的にむずかしいものだったそうだ。
それが実現し・・・・・犯罪抑止で+なのか、プライバシーや個人情報の侵害でマイナスなのか、も議論は有ろう。
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菅が持つ、法務省や警察庁の人脈は、菅が若手議員時代にともに議員立法を手がけたことがきっかけで広がっていった。警察庁のキャリア官僚は、当時を述懐する。
「菅さんは、銀行口座の売買を罰則付きで規制する法案を作ってくれました。嫌がる金融庁を押さえつけ、その後、携帯電話の本人確認や転売の禁止も、反対する総務省と族議員を菅さんがなぎ倒してやってくれた。積極的に議員立法をやってくれる、気軽に話ができる良い先生という印象でした。一時は『治安の菅』と呼ばれていたくらいでした。こうした分野は、決して票につながらないから、ほとんどの政治家は手を付けたがらなかったのに、菅さんはやってくれましたね」
話を元に戻して、観光立国化だが、上の具体的な政策を一つ一つ詰め、反対論を抑え込んでいく経緯はとても面白く、そしてこれができる政治家とできない政治家がいるのだろうな、と思う。
観光立国やインバウンド政策がそもそも良かったのか、といえばトータル的には良かったと思うよ。
経済面だけでなく、そもそもそれによって国の知名度というか存在感が上がるのは明確だしね。
いまはKポップファンでまた韓国への観光客も増えているだろうけど、菅が采配を振るうまで、韓国への観光客が日本へのそれより多かった、なんてのは今では感覚的にもつかみづらいだろうし、そこまで常識を逆転させるものだった。
これに対して
円が安くなり、日本の国力が落ちたからだ、というが、自分に置き換えて、「通貨が安くなった場所」を第一目標に海外旅行先を決めますか?ですな。(補助的な要素は否定しない)。てか最近通貨が安くなったあの国とかあの国とか、むしろ行きたくなくなってるんだけど…(名前は伏せて笑)。
また参政党的?に、シカが蹴られた殴られただのへちまだのへずまだの、そういう人はむしろ明確に菅義偉の政策(安倍内閣の政策)を批判すべき、とこう来ますなア。
そもそもこのインバウンド政策で向こうに回した敵は防衛ファーストの防衛族、赤坂離宮を庶民どもの土足で踏ませてなるものかという宮廷官僚貴族たちだったんだから、普通の「右派」「タカ派」だったらびびってたじろく相手。菅義偉は「右派」だったのかといえば、まあこういう面があるんだわな。
「中道は菅氏の思いもつなぐ政党」公明・斉藤代表、菅元首相の不出馬にhttps://t.co/S2kE244XMo
— 産経ニュース (@Sankei_news) January 17, 2026
公明党の斉藤鉄夫代表は17日、自民党の菅義偉元首相が次期衆院選への不出馬を正式に表明したことを受け、「残念だ。自公連立政権の中で、自民と公明をつないでくれた方だった」と述べた。
www.sankei.com
公明党の斉藤鉄夫代表は17日、自民党の菅義偉元首相が次期衆院選への不出馬を正式に表明したことを受け、「残念だ。自公連立政権の中で、自民と公明をつないでくれた方だった」と述べた。東京都内で記者団の取材に答えた。その上で、立憲民主党と公明が結成した新党「中道改革連合」は、菅氏の考え方には親和性があるとの認識を示し、「中道は菅氏の思いもつなぐ政党だという気持ちで、この衆院選を戦っていきたい」と意気込んだ。
そういえば自分は、コロナの時に「ワクチン1日100万回接種」目標を打ち上げた時「それは絶対に不可能やろ」と思ったが、菅内閣はそれを達成した…というのが印象に残る。あの時、皆さんはいかがでしたか?「可能だ」と思ってましたか?
できるわけがない…周囲が呆れたコロナワクチン「1日100万回」宣言を菅義偉はどう実現したか
ワクチンは、コロナ禍において少しでも早く人々が日常を取り戻し、社会活動や経済活動を再開するための切り札であった。安倍政権期の2020年8月28日には「国民全員分のワクチン確保を目指し、関連費用を今年度予算の予備費から充てる」ことを決めた。
それまでも、私は官房長官として各国・各企業のワクチン開発やその確保に注意を払ってきた。そして首相となった私に対する国民の第一の期待は、コロナ対策の継続であり、ワクチン接種を含む早期の終息であった。その期待に何としても応える必要があったのだ。
そこで私は21年1月18日の施政方針演説で、「万全な接種体制を確保し、2月下旬までには接種を開始できるよう準備する」と述べた。この目標は3週間後の2月上旬にはさらに前倒しすることとなり、「2月中旬に接種をスタートしたい」旨を会見で述べた。
宣言通り2月中旬から、感染者とじかに接することになる医療従事者、約400万人を対象とするワクチン接種を開始。4月以降は重症化リスクの高い高齢者、約3600万人への接種を開始した。
さらに21年5月7日には、「ワクチン接種、1日当たり100万回を実現する」と明言した。この数字を出すに当たり、周囲からは反対の声もあった。「できるわけがない。なぜそのような達成困難な数字をぶち上げたのか」とあきれている党内の関係者や幹部官僚もいたと聞く。
当時、ワクチン接種推進担当大臣だった河野太郎氏も、後に「正直なところ、総理は何を考えているのかと驚いた」との心境を明かしている。確かにインパクトのある数字ではあろう。だが、私には達成可能であるとの目算があったのである…(後略)
このへんが、上記引用でいう「タンジブルな政策に強い」ということなのだろう。
と同時に「タンジブルでない政策には弱い」ということでもある。いわゆる高邁な理想を、華麗なレトリックで語る…日本だと例がまったたたたくあがらないので「バラク・オバマ」を挙げるが、そういうオバマ的な演説ができるような要素は無かった。演説がつまらない、とはよく言われたな。
また、上の話でも、見逃せない場面が出てくる。
菅の動きは早かった。迎賓館の職員は、「接遇への影響」 や 「施設の保全」など開放に反対する理由をいくつも挙げてきたが、抵抗する幹部を交代させ、アトキンソンを迎賓館のアドバイザーとして送り込んだ。 人事で、その強い意志を示すのが菅のやり方だ。
これが菅のやり口、ということだ。
アトキンソン氏がいろいろ観光論を語った記事もひと頃は目にしたな。
京都は高いから泊まれないと言われるが、京都はホテルを安くしないといけないルールはないし、京都の住民が貧乏にならないといけない必要性もない
— デービッド・アトキンソン David Atkinson (@atkindm) January 16, 2026
旅行単価が上がって、京都にお金が落ちて、何が悪い
京都の文化を維持するためにお金が必要だから、単価を上げて、賃金も上げるべき pic.twitter.com/862epZYwb4
m-dojo.hatenadiary.com
芹川 内閣人事局で官僚の人事をチェックできるという意味での政治主導は決して悪いことではないと思います。ただし、若干やりすぎがある、人事に手を突っ込みすぎているのではないかという批判がありますよね。
御厨 それは、菅(義偉)官房長官のやり方の問題かもしれません。現在、(菅氏のもとで)内閣人事局長を務めているのが杉田和博さんという警察官僚出身の方です。この人たちが、「そこまでやるか」という人事をしている面がある。
もともと官僚人事というのは、各省庁の動きの中での流れがあって、ときにその流れに逆らう人事があっても、だいたいは元に戻るというのが普通でした。ところが、いまは戻りようがない。
それは菅さんが事前に人事に手をつけているからです。菅さんは、官房長官に就任して2年目に私に「見ていてごらん、これからは自分の人事が実現するから」と言いました。
私が「各省のいろいろな人材をよくそんなにご存じですね」と言ったら、「それは努力していますから」と答える。菅さんは、各省の随所に「スパイ」を置いているから、情報が毎日のように入る。スパイというと聞こえが悪いけれども、けっこう現場から上がってくる情報は正しいと言います。
そして信賞必罰で、法務省や最高裁など、従来は(官邸が)介入しない人事にも手をつけるのがポイントです
そういえばその杉田和博氏も、最近逝去された。
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杉田和博氏が亡くなったことがわかった。享年84歳。「官邸1強」の長期政権を築いた安倍晋三政権を支えた官邸官僚の象徴的な人物だった。元警察官僚として情報と人事を握り、霞が関ににらみをきかせる姿は「官邸の守護神」とも呼ばれた。第2次安倍政権の発足時、安倍氏からの指名で事務方トップの官房副長官に抜擢(ばってき)。当時71歳だった。警備・公安畑の警察官僚、内閣情報官を歴任し、インテリジェンス(情報収集・分析)と危機管理にたけ、旧自治省や旧厚生省の「調整型」が多かった歴代に比べて異彩を放った。菅政権まで歴代最長の8年9カ月にわたって務め、毎晩のようにマスコミや政財界との情報交換を欠かさなかった。
ここから学術会議の問題にもつながっていたのだろうことは想像に難くない。
そんな、菅義偉が退任する。歴史の法廷は、この後の開廷を待つ・・・・・・・・(了)


