20年近く菅氏と交流がある私はこの日、尋ねたいことがあった。最近、永田町界隈で「菅さんが認知症である」という噂が広まっているのだ。菅氏とは、2023年12月におこなわれた武蔵野市議補選のときに話をしたが、屈託のない笑顔を見せ、口調も元気そのものだった。
それから2年ほどしかたっていないのだから、にわかには信じがたい。だが、菅氏が “涅槃(煩悩がなくなった、悟りの境地)に入った” という伸子さんの冒頭の証言は20年近く菅氏と交流がある私はこの日、尋ねたいことがあった。最近、永田町界隈で「菅さんが認知症である」という噂が広まっているのだ。菅氏とは、2023年12月におこなわれた武蔵野市議補選のときに話をしたが、屈託のない笑顔を見せ、口調も元気そのものだった。
それから2年ほどしかたっていないのだから、にわかには信じがたい。だが、菅氏が “涅槃(煩悩がなくなった、悟りの境地)に入った” という伸子さんの冒頭の証言は…
(略)
「じつは、菅は要介護3で認知症が始まって……。2025年の7月1日には足のくるぶしを骨折して、入院していたの」要介護3とは、日常生活において全面的な介護が必要になり、認知機能の低下などの症状も多く見られる状態を指すという。私は「やっぱり噂は本当だったのか」と驚いたが……(後略)
記事にはてなブックマークを付けた。
今後、安らかな人生があることを…だが、あえて残念な思いを述べるなら、やはり今後、もっと微に入り細にわたった歴史の記述を残す機会が失われてしまったことが無念だ。※ちくまから1冊出てるらしいが…
https://b.hatena.ne.jp/entry/4781458254913113825/comment/gryphon
その、「ちくまからの一冊」はこれ
市民運動家から首相へ
波乱の政治活動を自ら語る
日本政治の複雑な歩みを証言する第一級資料2023年秋に政界引退を表明した元内閣総理大臣・菅直人が、市民政治に携わってきた半世紀の政治活動の集大成として、その活動を振り返る自伝を刊行。これまでに書いた主要な論文やベストセラーとなった書籍、総理大臣就任記者会見などを引用しつつ、自らの行動のみならず、昭和から令和の今日までの日本政治の複雑な歩みをたどりなおす貴重な記録。
【目次】
第一章 否定論理からは何も生まれない 1974-1976
第二章 市民ゲリラ国会に挑む 1977-1980
第三章 市民と政治 1980-1992
第四章 私は日本型「民主党」をめざす 1993-1995
第五章 大臣 1996
第六章 なぜ私は「奇兵隊」をめざすか 1996-2003
第七章 第九十四代内閣総理大臣就任 2004-2011
第八章 東電福島原発事故――総理大臣として考えたこと 2011
第九章 未完の日本改革 2011-201
だけれども、本づくりの仕方がね……

ぶっちゃけて言うと、政治家の回想録、なまじ筆が立つ人が自分で書いた文章より、御厨貴グループらにしてもそれ以外にしても、やはり「オーラルヒストリー」形式で一問一答があったほうが、よっぽど出来がいい。その理由は言うまでもない。ほかはともかく?こと政治家だと、自分で一から十まで書くと「これは書店でフィクションの棚におくべきか、ノンフィクションの棚におくべきか」と店員が迷うようなものになるからだわな。
正直、この菅直人回顧録、ほとんど話題になってないやろ?
そういう点で、やはり惜しい。いまも完全に記憶が失われているわけでもないようだから、もう認知症で正確性があやふやでも、自分が言いたいことを言うだけでもなんでもいいから、口に出したことを何でも記録するつもりで、もう少し話してもらうべきところはあるんじゃないかな・・・・
それでも、安らかな日々を最優先で。
「老人が一人いなくなることは、図書館が一軒焼けることだ」ということわざがどこかの国にあるらしいが、認知症もそうかもしれない。
それは「元首相」だけでなく、身近な人や家族にも言えることだ。
追記 福山哲郎氏投稿
先ほど菅伸子さんにお電話しました。毎年、菅直人元総理ご夫妻とご一緒の京都の茶道・藪内流の初釜式で、今日はお目にかかれませんでした。その後、Xでの報道を読み、心配になってご連絡しました。伸子さんは変わらずお元気で「私も京都に行きたかったけれど、なかなか菅を一人にして行けないわ。報道… https://t.co/XQW2cTUAjm
— 福山哲郎・立憲民主党 (@fuku_tetsu) 2026年1月8日福山哲郎・立憲民主党
@fuku_tetsu
先ほど菅伸子さんにお電話しました。毎年、菅直人元総理ご夫妻とご一緒の京都の茶道・藪内流の初釜式で、今日はお目にかかれませんでした。その後、Xでの報道を読み、心配になってご連絡しました。伸子さんは変わらずお元気で「私も京都に行きたかったけれど、なかなか菅を一人にして行けないわ。報道は本当です。隠していても仕方ないでしょ。でもまだ全然大丈夫。私の事も家族のこともわかるし、逆に穏やかに過ごしている感じ。福山君、電話代わりましょうか。」
と言われて、電話を菅さんに渡されました。私は内心ドキドキしながら「おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」と話しかけると
「おーい、元気か?」と予期せぬ菅さんの元気な声が受話口に響きました。
「はい、元気です。思いも寄らなかった副議長に就任し、やや戸惑っていますが、何とかやっています。」と応えると
「元気なら、そりゃあよかった。
新しい役割でいろいろあるだろうけど、いいことだ。がんばって下さい。」とはっきりと言われました。
その声を聞き、伸子さんの「まだ全然大丈夫」の意味がわかったような気がしました。
この菅さんとのやり取りもご家族のご了解を頂いてXに投稿しています。
皆さんに菅さんが元気だったことをご報告させていただきます。
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