「特殊政治的な区別とは、友と敵という区別である。…敵とは、他者・異質者にほかならず、その本質は、とくに強い意味で、存在的に、他者・異質者であるということだけで足りる」
安倍晋三氏は、2022年7月8日に銃撃され、死亡した。
石坂啓氏(とその夫)
「事件最初にテレビで見た時に、でかしたって言ったんですね。私と夫はね「山上さま」と呼んでいます」
安倍元総理を暗殺した山上徹也被告のことを
— 照月 (@teruduki1113) March 30, 2024
「でかした!山上さま!」
と言った石坂啓を知っていますか?
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前川喜平氏
「安倍さんが亡くなったことについては気の毒だと思ったけど悲しいと思ったことはなかったです」
※」これは「悲しい」とは言ってるから許容範囲とする人おいましょう。人それぞれ
【定期便】
— 照月 (@teruduki1113) April 12, 2024
武蔵野政治塾にて暗殺された安倍元総理のことを「気の毒だけど悲しいとは思わなかった」と前川喜平が言うと爆笑する五十嵐えり。会場からは拍手。
政治を語る前に人として大切なものを学んだ方が良いのでは?
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それを聞いた五十嵐エリ都議が爆笑
人が56されたのを嘲笑してたクズみたいな奴が褒めてるぞ。そんな奴が褒めてる人間がどういう人間かなんて簡単にわかるだろ! pic.twitter.com/UwI6UB0t2Z
— Bello Giappone (@BelloGiappone) September 25, 2025
宮台真司氏
「国家権力がまともに働かない時には自力救済しかないってことなんですね」「機能としてはね、世直しとして機能してますよね」
この一点だけでも許せません
— 中の人 (@XmzttAfxVnB7XN0) August 13, 2024
宮台真司「安倍の死は世直しとして機能」 pic.twitter.com/Q0cp7lF8N1
島田雅彦氏
「あのーリベラル市民として言えばね、あのー…まあせめてあの暗殺が成功して良かったな…と…それしか言えないよ、ただこの暗殺もですねあのー言うなればあの不都合な真実をあの暴露するカタチ?まあ上手い事この暗殺による被害者側の立場に立ってっていうかな、そのアピールも功を奏してしまった感が否めない」
政治 · トレンド
— まーくん2 (@markun2) July 8, 2025
安倍晋三
島田雅彦「あのーリベラル市民として言えばね、あのー…まあせめてあの暗殺が成功して良かったな…と…それしか言えないよ、ただこの暗殺もですねあのー言うなればあの不都合な真実をあの暴露するカタチ?まあ上手い事この暗殺による被害者功を奏してしまった感が否めない」 pic.twitter.com/xEqfjOq0kU
この発言に青木理氏が笑顔、白井聡氏がうなずく。画面にいない司会者が「まあ、そうですよね」。
のちに夕刊フジが記事にしている

【島田雅彦氏への質問事項】
①「あの暗殺が成功して良かった」という発言の意味・真意は
②暴力で言論が封じられることを、時と場合によっては良いと考えるのか
③法政大学教授として「テロ行為の容認」という教育をしているのか
④放送翌日、岸田首相に爆発物が投げつけられる事件が発生した。感想を
【島田雅彦氏の回答全文】
テロの成功に肯定的な評価を与えたことは公的な発言として軽率であったことを認めます。殺人を容認する意図は全くありませんが、そのように誤解される恐れは充分にあったので、批判は謙虚に受け止め、今後は慎重に発言するよう努めます。
ただ、安倍元首相襲撃事件には悪政へ抵抗、復讐(ふくしゅう)という背景も感じられ、心情的に共感を覚える点があったのは事実です。山上容疑者が抱えていた旧統一教会に対する怨恨(えんこん)には同情の余地もあり、そのことを隠すつもりはありません。
さらに政権と旧統一教会の癒着を暴露する結果になったのも事実です。今回の「エアレボリューション」での発言はそうしたことを踏まえ、かつ山上容疑者への同情からつい口に出てしまったことは申し添えておきます。
また大学の講義で殺人やテロリズムを容認するような発言をしたことはありません。テロ容認。言論に対する暴力的封殺に抵抗を覚えるのは一言論人として当然であるし、また暴力に対する暴力的報復も否定する立場から、先制攻撃や敵基地攻撃など専守防衛を逸脱する戦争行為にも反対します。
戦争はしばしば、言論の弾圧という事態を伴ってきたという歴史を振り返り、テロリズムと同様に戦争にも反対の立場であることを明言しておきます。
一方で、安倍元首相暗殺事件や岸田首相襲撃事件を言論に対する暴力と捉える場合、これまで政権が行ってきた言論、報道への介入、文書改竄(かいざん)、説明責任の放棄といった負の側面が目立たなくなるということもありました。
また民主主義への暴力的挑戦と捉えると、国会軽視や安保三法案の閣議決定など民主主義の原則を踏み躙るような行為を公然と行ってきた政権があたかも民主主義の守護者であったかのような錯覚を与えるという面もあります。
テロは政権に反省を促すよりは、政府の治安維持機能を強化し、時に真実を隠蔽することに繋がることもあるがゆえ、肯定的評価を与えることはできません。そのことはテロリズムを描いた拙著『パンとサーカス』でも明らかにしています。
放送の翌日に岸田首相に爆発物が投げつけられる事件が起きましたが、歴史を振り返ると、テロリズムが世直しのきっかけになったケースはほとんどないし、連鎖反応や模倣犯を呼び込む可能性もあると改めて思いました。
※長文のため、編集局で改行だけしました。
これにははてなブックマークのコメントも多数ついた。
・・・・・・・さすがに、これ以上はあるまいよ。
世は、分断ですなあ。
