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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 報道、記録、文化のために

サブゥー、引退直後に60歳で逝去…プロレスを、体現しつつ。

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サブゥーとシーク

たとえばさぁ、これ見てよ。
ぶっちゃけ、「プロレスが凄くて面白い」を1990年代末にいちげんさんのためにプレゼンテーションするなら、四天王プロレスかこれだろう。

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余りに空中殺法が多すぎるとか、それが不自然で白けてしまうとか、レスリングやシュートの極め技に裏打ちされた格闘技的な要素が無い!
とか、溶岩石のようにカテェ批判はできるだろう。


しかし、リング上で坊さん(ホントはお遍路さんだが)と、隼を模したかっこいいマスクマンがタッグを組み、アラビアの神秘を身に纏った中東系の髭の男と、いかにも「カンフー技を身に着けたアメリカン」なコンビと空中殺法とイスが飛び交う大乱闘をする、というのにまさる魅力を、そういう猪木流、あるいは馬場流のクラシカルなレスリング理論が常に上回るかといえばそんなことはないのだ。



そして、そんな試合だけでなく、サブゥーはレスラーとしてのアティチュードでも模範になった(フミ斎藤風)。

ちょうど20年前、この時も死の一歩手前だったという重病を受けてこんな記事をかいてた。

週刊プロレスが報じたところによると、アメリカで、重病にかかって死の一歩手前まで行ったサブゥーのための慈善興業が開催され、レフェリーとしてカクタス・ジャックまで駆けつけたという。
彼は四天王プロレス後期の全日、nWo旋風前の新日ではあまり優遇されたとはいえず、小生が実際に見た試合はその持ち味が殺された戦いぶりだったから、あまりこの人を深くは語れない。


しかし、彼はその変幻にして独創性あふれた空中殺法もさることながら、この90年代と21世紀に、昔ながらの「スーツケースひとつで街から街へ」「どこのリングにも上がってみせる」というすでに朽ちた理想像を追い求めたことに魅力がある。


ライバルRVDが長くWWEに定着していることから考えると、WWEでもサブゥーはかなりの人気を得ることが出来ただろうし、実際に受けたトライアウトは大好評だったらしい。
しかし、ビンス・マクマホンは「うん、君の新キャラはベンガル出身のインド人がいいかな?」てなことを言いはじめ、一も二もなくサブゥーWWE参戦を蹴ったという。(例外的に自分のキャラクターを守って参戦した、リックフレアーやベイダーがいるが。「サブゥー」は捨て子をシークがアッラーの霊感を感じ、拾って訓練した、というギミックだそうで)


その後「新世紀のブルーザー・ブロディ」とも評されたように、むしろ弱小プロモーションのメインとして登場することで、コアなマニアからはますますカリスマ化された。
(一部のロックバンドに対比したら面白いかも)
それを支えたのは、「魔法の絨毯にのっている」とも言われた、長距離フライトや突然のオファーをいとわない生活。しかしそれが自爆ダイブなど、信じられない過酷なスタイルとあわせて、彼の体を蝕んだことは間違いないだろう。


派手な空中殺法スタイルはむしろ”今風”なものだったが、バックボーンは「痛みは神聖なものと思え」「リングを降りても24時間、お前はサブゥーだ」とのザ・シーク様の教え。
50-60年代の最大の大物、シークがが徹底的に叩き込んだ哲学は、はっきり言ってあまりにも時代錯誤であったが、少年サンデーの「道士郎でござる」のように、あまりに時代錯誤すぎてすがすがしさを感じさせる。


そういえば、シークはいよいよ心臓を悪くして引退間近のとき、立派な一流レスラーに成長した甥っ子に
「うむ、お前もまあまあ立派に成った。いよいよワシの一番大事なものを授けよう」
「なんでしょうか?」
「勿論、キャメル・クラッチじゃ!!お前は今後、これをフィニッシュに使ってよい」
「・・・・」
というやり取りがあったらしい。さすがに平成の御世にこれでゴングが鳴ったらカネ返せなので、痛め技としてしか使わなかったというが。


何にせよ、WWEやPRIDEでは絶対に見られないものを見せてくれる、伝統を伝えてくれる存在である。
正直、復帰は難しいだろうが、その存在感だけは何とか今後も生かしてほしい。



ところで、2003年ごろ「サブゥーパンクラスに参戦して、謙吾と対決する」という噂があったが、ありゃ何だったんだろうね。まだカタかったころの大谷・金本にシュートな部分でコテンパンにやられて評価を下げたこともあるサブゥーだが、「自分のケンカ強さに根拠の無い自信を持つ」というのも古きよきレスラーの特性(笑)。

これも真偽不明の噂だが、カール・ゴッチザ・シークがありえねー超異次元対決をアメリカの片田舎でしたとき、ゴッチが例によってシュートで関節を極めにかかったらシークはジュース(自分で額を切って派手な流血で盛り上げること)用のカミソリをこっそりノド元に突きつけ「やってみやがれ!」と突っ張って事なきを得た、というエピソードを聞いたことがある。これもまた時代であり、二つの個性のぶつかり合い。
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この記事でも書いた、サブゥーと金本、大谷の関係だがけっこう後まで尾を引いて

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・オータニやカネモトはダメだね!あいつら、うんこタレだ!
・あいつらはニュージャパンのスタイルしかできないから、それを強要しようとする。
・俺をレスリングができないと思っているんだ。

ということです。
当時、UWFインターとの抗争で味をしめた新日本は、ジュニアを中心に門戸を開放しはじめていたのだが、けっこう上から目線で「新日本についてこれるか?」みたいな調子で、しかもそれがアングルなのかリアルなのか判然としていない、というところがあった。
そこはなんだかんだとゴッチの遺伝子が、多少は生きていたらしく、「リング上でレスリングを仕掛けて、あっちがついていけずに潰れたら、それはあっちが悪いんだ」という感じだったよな。
今から思えば、サブゥーの怒りももっともだし、言うちゃあ悪いけど(井上編集長)、新日本の本格レスリングについてこれるか、なんて、当時黎明期だったMMAの選手から見たら五十歩百歩ちゃうか、とも、当時すでにそう思っていた。

だが、そんな大谷や金本、ついでにカシンこと石沢のカテェ態度が、面白くなかったかといえば、結構そのギクシャク感がスリリングだった…。

この話、最後の最後、サブゥー追悼の中で金本が認めて、反省している。





日刊SPA!再掲載の斎藤文彦コラム、まだ残ってた


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あと
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これだけでなくて、計10本以上のサブゥーに関するフミ斎藤コラムがあり、日刊SPA!上に残っているようだ。
冒頭でも紹介したこのまとめからリンクツイート経由で飛べる。
そもそも自分のサブゥー知識は9割ぐらいがここから来てるんだな。
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ともあれ、そのファイトは永遠に。