RIZIN香川で、地元出身の前田吉朗が2022年の引退から復帰する。
――地元・香川で試合することに感慨深さってありますか?
吉朗 ボク、初めてなんですよ、地元で試合するって。だからそれ自体はすごく感慨深いものもありますね。いままでなかったんで。
――そもそも香川で大きな格闘技の大会がなかったですもんね。
吉朗 ないですね。だから、今回の試合はすごいありがたいですよ
――吉朗選手ってPRIDE、DREAM、戦極、パンクラス、DEEP、修斗……すべて上がってる選手っていないと思うんですよね。
吉朗 はい、もう総なめにしてますから。
――ただ地元で試合をしたことはなかったと。最後の最後でスタンプラリーじゃないですけど。
吉朗 そうなんですよ。やったことないことは全部やっていかんとね(笑)。
(略)
2022年の最初の引退(大仁田厚風)は、ゴン格でも大きく扱われていたが「あとで論じたい」と一行だけ書きつつ、書かなかった。復帰を見通してた訳でなく、どうも別れの文章を書きたくなかったのだ。
――最後の試合は2021年11月RIZIN沖縄の砂辺光久戦。あのときは負傷欠場した村元友太郎選手の代打だったんですが、いつぐらいから引退は頭をよぎっていたんですか?
吉朗 その試合の3~4年前になるんじゃないですか。やっぱり追い込み練習をしても身体がついてこないなっていうところですよね。ボクはずっと最前線の人間と戦ってきたと思うんですよ。そこらへんとやろうと思ったら、もう無理かなと。
――試合ができるかどうかというよりも、最前線で戦えないなら身を引いたと。
吉朗 はい。試合だけをするんであれば、ボクはできたと思います。でも最前線で考えたときにやっぱり無理だし。自分の思う試合ができないんであれば、もうイヤやなって思ったので。
前田吉朗は当時の日本MMAで連勝記録を持っていたな。
自分が実際に見た試合で印象に残るのは、両国の第一試合だったろうか、イーゲン井上戦だ。柔術ファイターとの国際戦で、こりゃさすがにまずいんじゃないだろうか…と不安いっぱいだったがパンチでTKOした。
その後、パンクラスが大阪大会をする時はメインに抜擢もされたり。
だが。
前田吉朗は大きく勝ち越した実績がありつつ
「ここで勝てば人生が変わる」的な大一番では、ことごとく負け(それも派手な感じでの負け)を喫し、その結果として一流ではあるが、主役、大興行の看板を張るスーパースターには一歩届かなかった、と、これは思うだろう。
チャールズ”クレイジーホース”ベネット、今成正和、高谷裕之など、負けた試合がどうも派手な負けだった。
所英男戦なんか、試合を終始優位に進めていたのに、試合中にぎっくり腰で棄権負けするという不運(後で気づけばなぜか入場式に参加してなかったし)。
負けではあるんだけど、当時「Match of the Decade」と評されたWECでのミゲール・トレースとのタイトルマッチはダナ・ホワイトまで驚嘆させた。

それでも、本来小柄な前田の体格に見合った階級が徐々に整備されていったこと、ひとつの団体のあと、別団体で求められることが多かったことで一流選手としての期間が長く続いた。
引退直前、修斗で敗戦が続き「うーん、こんな名前も知らない若手に負けるようじゃ、そろそろ限界かな」と思ったら、のちの福田龍彌、平良達郎だったというね(笑)
だが、それらの試合を総括すると、驚くべきことにほとんどの試合が「面白い試合」であったことが保証付きで、これが本当に奇跡的な「名勝負率、好勝負率」を誇っていた、と個人的には思う。
いや個人的な感想じゃないな、
そのことは大前提としてDropkickインタビューにも出てるぞ
――吉朗さんのスタンスがよくわかりました!試合もめちゃくちゃ楽しみにしています。やっぱり激闘王のイメージがあるので……。
吉朗 あー、激闘王ですよ、ボクは。そもそもボクは格闘家ではあるんですけど、プロレスラーだとは思ってるんで。
――あっ、プロレスラーとしての意識が強い。
吉朗 はい。強いのはあたりまえで、いかにそれをちゃんと体現するか、見せるか、みんなを巻き込むかっていうことを考えている。
――パンクラスってもともとプロレス団体ですもんね。
吉朗 ボクは稲垣さんを格闘家だとは思ってない。プロレスラーだと思ってるし、その親父にプロレスラーとしての矜持を教えてもらってるんで。
なるほどだ。
大けがのような形で引退したわけでもないので、ここは戻してもらってRIZIN甲子園で優勝した横内三旺は、長嶋茂雄よろしく三振デビューを飾ってもらいましょうかいな。
