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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

鎌倉殿の13人「最後は北条泰時が救い(三谷幸喜)」…?いや泰時むしろ「完全犯罪者」だよ!権力簒奪の。

鎌倉殿の13人…が放送されるはずの日曜夜8時、なぜか出演俳優たちが和気あいあいのトークをするスペシャル番組になっていた。「三谷幸喜、また脚本遅らせやがったな……」と、全然確認していないが決めつける(笑)

まあこういうこともあるんです。特撮番組とかにもよくあった。アニメーションでも時々見た気がするな。そこは寛容になる。少年ジャンプだって作者の体調が悪いだけで休載するようになったのだ(冗談じゃなく昔は「作者の体調が悪くてもなんとかして描く」がデフォルト)。

実際番組もなかなか面白かった。大泉洋が だいぶ尺をぶんどってたけど(笑)。

で、脚本を遅らせたと思ってた三谷幸喜が、実はちゃんと最終回まで書きおえたらしいんだが、ちょっとヒントを匂わせる中で「北条泰時が全てを救ってくれる」みたいなことを言ってた。


まじかよ。

北条泰時は俺のイメージでは、…確かに外形的には「みんなを救ってくれる人格者」に似てるかもしれないが、似た上で彼は「完全犯罪者」だと思っている。



それはおじいちゃんの北条時政が、犯罪者レベルで言えば
「あいつが犯人なことは公然の秘密だが、危なくて捕まえられない」


おとうちゃんの北条義時
「誰もが怪しいと思っているが、確たる証拠がなくて捕まえられない」


なのに対して
「そもそも犯罪を起こしていることを気づかれない」




というレベルまで到達してる…と思ってるのです…。


その”犯罪”とは何か?

それは源頼朝から連綿と続いていた、犯罪秘密結社による”朝廷からの権力簒奪”。


だから史実と、今のところのドラマの登場人物と、今後の放送スケジュールを組み合わせると、大河ドラマではなかなか描かれなかった「承久の乱」がクライマックスになるわけでしょうが、ここにおいて北条義時北条泰時は…

……欧米人を一人捕まえて次のような質問をしてみよう。「ここに A という国があったとしよう。その国のある階級を代表する Bなるものが服従しないので、A国皇帝がその代表の討伐を命じる勅命を出し、実際に戦端が開かれた。
ところがこのBなるものは一挙に首都に進撃し、皇帝一族を追放し、皇帝を退位させて自分の望むものを帝王の位につけ、討伐を企画した者どもを処刑した上で、自分が擁立した皇帝をも無視し、その形式的な認証も署名もない基本法を勝手に発布し、この法は過去において発布した法規とは全く無関係と宣言したら、これは革命と言えるか、言えないか」。
今まで私が質問した限りでは、全ての欧米人は「もちろん革命ですよ」と言った。


山本七平の中期の代表作の一つ「日本的革命の哲学」であります 。


しかし不可思議なことに…その後、朱子学的発想が普及するのに伴い、足利尊氏平清盛も「帝をないがしろにしたから奴らは大悪党」と観念の世界に生きるインテリたちにボッコボコにされるのに、こんな”革命”を起こした北条泰時は「彼もつらかったのだろう」「本意ではなかったに違いない」、そして革命的法典「御成敗式目」は、その後も武家政治の基礎的な考え方を支えてきたのであります。


ぶっちゃけ、北条泰時のほうが、悪党度合いのレベルがとうちゃんじいちゃんより上の、「三代目にして完成された究極の大悪党」だったんじゃなかろうか。或いはスタープラチナ


オラオラオラオラオラ オラオラオラオラオラ オラオラオラオラオラ。


あるいは一見やさしそうな、物腰柔らかい関西弁の細目。

ウィッチウォッチで「ベタキャラ」がテーマに。細目の関西人は有能だが裏切る?

m-dojo.hatenadiary.com


・・・・・・・・ということを念頭において今後の「鎌倉殿の13人」を見ると・・・・・三谷幸喜がこういう史観に立ってる可能性はかなり低いと思いますが、まあ賑やかし程度に(笑)



どうやって「完全犯罪の革命」を遂行したか?それは「へりくだり」と「自然・道理」によって…(日本教の勝利として)

それはどうやったの?というHOWについての補足。
ひとことでいえば、権力を掌握した勝者なのに「超へりくだった」ことがありましょう。

御成敗式目は、冒頭でこう宣言する。それは革命を宣言しない革命宣言。そもそも名称から、下位の下位のきまりですよー、とへりくだってアピール。

裁判に関わる法令を集めたものは本来目録と名づけるべきなのですが、やはり神仏・政治についての法令も載せたので、これを執筆した人たちは気を利かせて式条という字をあてたのです。しかし、私はその名をものものしいと感じたので、式目と書き換えました。

http://www.tetsureki.com/home/library/shiryoukan/jouei2.html


「自分が擁立した皇帝をも無視し、その形式的な認証も署名もない基本法を勝手に発布し、この法は過去において発布した法規とは全く無関係と宣言」
の無関係の名目として「わたしたちは無知無教養なので、そういう人間むけの、わかりやすくした解説をしました、ほんとただそれだけで……」

この内容は律令の説く内容と違う点も少々ありますが、例えば律令格式は、漢字を知っている者にとってはすぐに読めるでしょう。しかし、仮名しか知らない者は、漢字を見ると目が駄目になってしまうようなものです。ですから、この式目は仮名しか知らない者が世間に多いのですから、広く人々に納得させやすいように、武家の人たちへの配慮のためだけに作ったのです。これによって京都の朝廷でのとりきめや律令の規定が少しも改まるというようなことはありません。
だいたい、律令格式は立派なものではありますが、武家や民間の中で、それを知っている者は100人1000人のうちで1人2人もいないでしょう。よって、ほとんどの人が律令を知らないため、急に律令でもって正邪を判断する場合には、律令に詳しい官僚が罪の軽重についての法文を恣意的に引用してしまいます。そのため、判決草案は一致せず、人々は皆迷惑しているということです。
こういうことなので、字の読めない人でもあらかじめ考え、判決もあれこれ変化しないように、この式目を作成したわけです。京都の人々の中で非難を加える者がいたとしたら、この趣旨をよく心得て受け答えしていただきたい。恐々謹言。


そして、その正統性を「道理」とか「自然」から得ている、と説明するのです。おい、王権は?この国を永遠に統治したもうアマテラスの子孫のご意思は???

 さて、この式目を作ったことについては、なにを根拠にして書かれたのかと、人はきっと非難することでしょう。確かにこれといった根拠はないのですが、ただ道理から推測されることを書いたのです。
このように前もって定めておかないと、(裁判の際に)ことの理非を二の次にして当事者が強いか弱いかによって、またある場合には判定が下されたことを忘れたふりをして訴訟を起こすでしょう。
 このようなことがあるので、かねてから裁判のきまりを定めて、当事者の身分の高下に関わらず、えこひいきなく裁定が下されるために、詳しく記述しておいたのです。

「道理」。
すると、なんとなく、「日本教」においては納得される。政府とか王権とか、過去の法体系とか そういったものより……「道理のおすところ」のものです、これは、といえば「あーなるほどそういうもんですか」みたいになっちゃう。

これが「日本教」の重要点であり、だからこそ「完全犯罪」が成立し得た、というのが、山本七平の視点。



こういう”偽装工作”によって、革命政権の首謀者である泰時が、その後の反革命政権の理論的支柱から、こう高く評価される…

…『神皇正統記』の……私にとって印象的なのは、他ならぬ後醍醐天皇が倒した鎌倉幕府の第三代目の執権、北条泰時に対する評価の公正さです。

(略)
 北条泰時は朝廷の意思を重んじ、地頭(地方の武家の徴税人、支配者)の欲しいままな暴虐や欲しいままなまつりごとを禁止したために、北条の名、世代においては兵乱も起きず、そして天下も安定した。

 父親の義時はさしたる才能もなかったけれども、義時が死んだあと、子どもの泰時は善政をしき、法や御成敗式目貞永式目)を制定して、自分も他人もともに戒めた。すなわち法の支配を徹底した、と言うのです。

 ところが北条の政権は、このような泰時をもってしても、ついには滅びざるを得なかった。これはやはり「天命」というものに他ならないと、彼は歴史観を語ります。

 しかし、北条の政権すなわち義時の得宗家が7代も続いたのは、泰時の「余徳」であり、彼のさまざまな権威や努力によるものであるから、幕府が滅びたからといって、泰時の治世やその評価について、われわれ南朝方が不快に思う必要はない、と親房は言い切るのです。

10mtv.jp

北条泰時論」

神皇正統記

「大方泰時心たゞしく政すなほにして、人をはぐくみ物におごらず、公家の御ことをおもくし、本所のわづらひをとゞめしかば、風の前に塵なくして、天の下すなはちしずまりき。かくて年代をかさねしこと、ひとへに泰時が力とぞ申伝ぬる。陪臣として久しく権をとることは和漢両朝に先例無し。其主たりし頼朝すら二世をばすぎず。泰時いかなる果報にか、はからざる家業をはじめて兵馬の権をとれりし、ためしまれなることにや。されどことなる才徳はきこえず。又大名の下にほこる心や有けん、中二とせばかりぞありし、身まかりしかど、彼泰時あひつぎて徳政をさきとし、法式をかたくす。己が分をはかるのみならず、親族ならびにあらゆる武士までもいましめて、高官位をのぞむ者なかりき。其政次第のままにおとろへ、つゐに滅ぬるは天命のをはするがたなり。七代までたもてるこそ彼が余薫なれば、恨ところなしと云つべし。凡保元・平治よりこのかたのみだりがはしさに、頼朝と云人もなく泰時と云者なからましかば、日本国の人民いかゞなりなまし。比いはれをよくしらぬ人は、にえもなく、皇威のおとろへ、武備のかちにけるとおもへるはあやまりなり」
http://chushingura.biz/p_nihonsi/siryo/0251_0300/0298.htm