アフリカに住んでいたとき、イレズミ(瘢痕文身)の無いぼくの裸体は、非文化的、すなわち野蛮なからだと見做された。身体加工は、高貴さや、名誉、そしてなによりも文化的存在であることを表す。これは欧州近代社会における「着衣」に相当するもので、ゆえにイレズミの無いからだは、猥褻でもあった。
— 中島 智 (@nakashima001) July 28, 2021
アフリカでは部族の仕来りに従って生活していたのだけれど、一つだけ従わなかった風習が「現地妻」だった。村じゅうの娘を集めて、選べと迫られたが断わった。もし、娘に好きな誰かがいたり、彼女に片想いの青年がいたりしたら、と想うとどうしても駄目だった。娘たちは選ばれたい素振りだったけれど。
— 中島 智 (@nakashima001) 2021年7月28日
これは文化研究をする者にとって悩みどころで、原則的にはすべての風習に馴化するけれど、どうしても駄目なものはどうしようもない。個人的にも、身体を重ねてしまえば、こころが動かないわけがないという問題があった。幸いにも、イレズミのない裸体だったし、肌の色もちがう他所者として赦しを得た。
— 中島 智 (@nakashima001) 2021年7月28日
「あそこに住んでる、外国の若いのは刺青もしちゃいねえ。どうみてもカタギじゃねえな」というわけね。
これが文化の違いのだいご味でもあるのだろうけど…