まさかまさかのバズりかた。
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いや、おれがたしかに第一号でブクマしたかもだし、
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紹介の単独記事も書いたかもだよ?
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だけど、なんつーかなー…そもそもハンチョウは、なかなかの人気漫画だし、無料配信も定期的に行われて、今回が初というわけでもない。
うーん、振り返れば確かに「女性がたくさん入っている、いわゆる甘いもの中心のカフェに男性集団が入るのは躊躇する」というのは、この漫画の固定ファンを超えたあるあるネタだし、じっくり考えれば法哲学やフェミニズム、ジェンダー論的なめんどくさい話もできる(もう始まってたりとかするかもな…)
だが、それでも毎回のハンチョウの中で、とびぬけて話題(ブクマ)になる、とは思わなかったんす。
そういう点では、やはり何がヒットするかわからんなー、とは思います……
ところで、パンケーキをめぐる話題のほかに…というか大前提として登場する、ハンチョウの脳内における国際会議だが。
これ、今回が初登場でなく(というか、作中でも「おなじみの」的扱いだね)…さがせば何巻に出てくるかわからんが、たしか数回開催されているはずだ。
見るたんびに「オバQの『国際オバケ会議』みたいだなー」と思うのはナイショだ(笑)
それは、こういう会議…というか擬人化の時、特に外見、さらにはしゃべりや行動様式も「ステロタイプ」を発動しなければ書ききれず、それがまた一部で問題視される、という部分にも重なる。今回の女子大槻=意見を言えないお茶くみ、という描写も含めてな。
それはともかく…これは、本来は内心、脳内での葛藤を、疑似化した架空の「会議」で表現しているわけだけど、このネタって結構ありますよね。
ああ、おれも「電子書籍にするか、紙の本を買い続けるか」という結構重要な問題を、自分の心の擬人化会議で報告してたわ(笑)
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それはともかく、いろいろ見てみると・・・・・・
「火ノ丸相撲」より ラスボス刃皇の「刃皇会議」
「そこに愛はあるのかい?」て「ひとつ屋根の下」の江口洋介かよwww
— にゃいった@大阪 (@nyaitter) 2018年5月2日
てか刃皇会議がボーボボの読者投票にしか見えねえwww#火ノ丸相撲 pic.twitter.com/KP8Xs6QBgd
「火ノ丸相撲」のラスボス刃皇が、いかに個性的、画期的
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なヴィランであり、ラスボスであったかは、不肖わたくしめも連載中に書いたことありましたが
その後、決定版のようなコラムが出ました。
これは、上で画像を紹介したような「刃皇会議(裁判)」が何を意味しているか、を端的に説明しておりマス。
……刃皇が非常に多面的な人物であり、かつその多面性を武器にすらしているというのは、童子切や大包平も立ち合いを通して指摘しているところですが、その最たる側面が「刃皇裁判」。刃皇が考え事をしたり、対戦相手の内面と語り合うときの描写なんですが、複数の刃皇が心象世界で話し合いをしつつ、ときには相手を「被告」として実際に言葉を交わしたりと、正直やりたい放題です(映画館の席にたくさんの刃皇が座っている「刃皇シアター」というバージョンもあり)。
しかし、これだけの多面性を見せ、これだけさまざまな役割を担った上でも、刃皇というキャラクターそれ自体、及びラスボスとしての軸足は本当にただの1ミリもブレていないのです。
ここが本当にすごい。(後略)
筒井康隆「欠陥バスの突撃」
- 作者:筒井 康隆
- メディア: 文庫
「欠陥バスの突撃」18人の乗客を乗せた欠陥バスは、全員の合意のもとで走っていた。行き先は、乗客たちがもめながらも決まっていく。乗客は、<色情><サラリーマン根性><気障><計算機>など…。彼らは、ある男性がどのように行動するかを決めていた。
読んでいてうすうす気付くのですが、多重人格というか、人間誰しもいろんな「自分」がいると思いますが、それらの「自分」に名前を与えて区別して、そのせめぎあいを描いて
筒井康隆『国境線は遠かった』 | のぽねこミステリ館 - 楽天ブログ
かんべむさしの名前を忘れた短編
ネタばれになっちゃうかもだけど、参謀本部っぽいところで、何か不思議な会議があり、それがあとから、人の頭の中での会議(それも作者本人)だったことがわかる…という話があり、「はて筒井康隆の『欠陥バス』の本歌取り的なものか、ドタバタSF魂継承か」と思った記憶があります。
なんだろうかなあ。
ちなみに「欠陥バスの突撃」で検索したら、このネタの起源について山本弘氏が議論していた。
『インサイド・ヘッド』より筒井康隆「欠陥バスの突撃」の方が早い……と指摘してる人をよく見かけるけど、同じアイデアなら、ディズニーの「Reason and Emotion」(1943)という短編アニメの方がはるかに早い。https://t.co/m37LAXCn92
— 山本弘 『BIS ビブリオバトル部』 (@hirorin0015) July 27, 2015
@hirorin0015 ちなみにこのアニメ、日本でもテレビの『ディズニーランド』の枠内で放映されたことがあり、僕も子供の頃に観た。「理性」という言葉はこれで覚えた。
— 山本弘 『BIS ビブリオバトル部』 (@hirorin0015) 2015年7月27日
「天使と悪魔」の擬人化、この2人の言い争いで、内心の葛藤を表現する、という手法、おなじみ過ぎて元祖をたどるのはほぼ不可能でしょうかね。アニメの「サザエさん」でも登場していたし、アメリカや欧州の古典コメディやアニメ、風刺漫画などもありそうだし。
というかすでに「あのおなじみの天使と悪魔」みたいな扱いで、メタ的なギャグも多数あり…
野中英次が、何かで描いていたはずだ!な記憶があるのだが、検索では発見できず。
とにかく、こんな系譜の上にハンチョウはなりたっている。
最後に、やや変種の藤子・F・不二雄作品
ちなみに、藤子・F・不二雄先生は、内心の擬人化なんてぬるいお遊びはせず、タイムマシンや分身を作る機械を利用した「リアルな自分同士の会議」を何度も書いている。
「ドラえもんだらけ」、そして名前もずばりの「自分会議」・・・・・ とくに後者のブラックぶりといったら。
ドラえもんだらけという話を知ってるだろ pic.twitter.com/OZbnLrVAGm
— ぽんこつ (@a_piece_of_junk) 2020年10月8日
藤子F不二雄の傑作と名高い「自分会議」読んだ。突然大金が舞い込んだ主人公のもとに未来の自分が複数やってきて奪い合いが始まる。困った彼らはずっと幼い自分の判断を仰ぐのだが...
— Saitoh¬ (@Oh_SAMURAI_) December 2, 2017
真っ黒で最高。一見普通のコマの描写でタイムパラドックスの矛盾が解ける示唆を与えるのは見事。 pic.twitter.com/sDSKiwcq6X