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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

特別企画「パンデミックと法」(法学セミナー2015年4月号)がWEB公開。大屋雄裕氏など寄稿

www.web-nippyo.jp
世界保健機関(WHO)は2020年2月28日、新型コロナウイルスによる感染症(COVID-19)の危険性評価で、世界全体を最高レベルの「非常に高い」に引き上げました。一方でWHOは、感染の連鎖を断ち切ることができれば、新型ウイルスを抑え込むことができるとしています。
この状況を受け、Web日本評論では、公法および法哲学の視点からパンデミック(または感染症)を分析した「法学セミナー」2015年4月号掲載の特別企画「パンデミックと法」を再公開します。
なお、執筆者の所属等は刊行時のままで公開しています。

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してみた。


パンデミックと他者への信頼(大屋雄裕)(特別企画/パンデミックと法) | Web日本評論
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初っ端から飛ばしてる。

証拠隠滅罪の対象は「他人の刑事事件に関する証拠」であり、犯罪者本人の隠滅行為それ自体に、刑事上の責任は問われない(刑法104条)。犯人が自分の利益のために逃亡したり証拠を隠したりするのは自然なこと・人間として普通のことであり規範的な批判を加えることはできない、そうしないことを期待するのは無理だ、という説明が一般的には与えられている…(略)…では、悪質な感染症が発生し、発覚すれば全家畜の殺処分が命じられるであろう牧場主がその事実を隠すこと、あるいは流行病の自覚症状があるが正直に申告すれば母国たる先進国に帰還することができず、滞在中の発展途上国で低水準の医療しか受けられなくなるであろう旅行者が沈黙を貫いて帰国便に搭乗することは、規範的に批判できないのだろうか(略)

1 公益と自己決定の対立
社会全体の利益と、それを構成する各主体の利益とは、しばしば矛盾・対立する。それは、後者の総和として「公益」を捉え、個々人に還元できない「社会」「共同体」「国家」といったものに固有の利益を認めない個人主義的立場を取ったとしても、なお事実である。たとえばエボラ出血熱に関してリベリアで実際に行なわれたように、当該病変の発生している一定地域を封鎖すること、さらには有効な治療法がないような状況で(かつてペストの大流行に対して行なわれたように)封鎖したまま積極的な医療措置を試みず「見殺し」にすることは許されるだろうかという問題を考えてみよう。

もちろん許されないと、我々は言いたくなる。仮にそのような措置を取れば母集団(当該国家の人口であれ「全人類」であれ)に対する感染者の比率を抑え・死亡者数を限定することに成功するとしても、放置すれば死が確実な病気に国民が罹患していることを知りつつその状況を積極的に悪化させることは国家による殺人に等しく、国民の生命権を侵害していると考えたくなるのではないだろうか。法哲学者ロナルド・ドゥウォーキンは、人権は「切り札」だと…(後略)


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イントロダクション

大林啓吾(おおばやし・けいご 千葉大学准教授)

憲法感染症

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大屋雄裕(おおや・たけひろ 名古屋大学教授)

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日本の感染症対策

鵜澤剛(うざわ・たけし 金沢大学准教授)