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柳澤健「2011年の棚橋弘至と中邑真輔」ついに16日発売。<格闘技挑戦時代>の中邑の話も色々

2011年の棚橋弘至と中邑真輔

2011年の棚橋弘至と中邑真輔

2000年代半ば、危機的な状況にあった新日本プロレスの人気が復活するためには、多大なる努力と、長い時間が必要であり、常にその先頭に立っていたのが、ふたりのエース、棚橋弘至中邑真輔だった。総合格闘技とは異なるプロレスの魅力をアピールして、新しいファンを呼び込もうとする〝100年にひとりの逸材〟、棚橋弘至総合格闘技と関わることで、プロレスの強さを見せつけようとする〝キング・オブ・ストロング・スタイル〟こと中邑真輔。まったく異なる方法論を持つふたりのライバル関係は、2011年に転機を迎える。棚橋弘至が断然たる新日本プロレスのエースとなり、中邑真輔はエースの座から追い落とされてしまったのだ。だが、中邑真輔の真の魅力が開花するのはここからだった――。

棚橋は言う。「僕が太陽なら、中邑は月のような存在だった。ふたりのうちどちらかが欠けても、いまの新日本プロレスはなかった。棚橋と中邑は一対の存在なんです」と。新たなプロレスの世界を作った、「太陽と月」の物語を丹念に描く。

フライングゲットで入手し、いま、読み進めてます。中邑が挑戦し、そこから旅立っていった「総合格闘技に臨んだ時代」の話もいろいろあり。
あと、武藤敬司アントニオ猪木の評価がちょっと面白いものあるので、あとで紹介したい。

27日にトークショー&サイン会





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