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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

ある作家は遺言で「私信引用、映画化、放送化」などをすべて不可としたそうだ(石井桃子評伝より孫引き)【記録する者たち】

※【記録する者たち】は、一種の準タグです。この単語で検索すると知識や情報の保存や伝承に関する記事が出てきます


ただ「記録」「伝承」などについて書かれた、考えさせる文章があった。

ひみつの王国: 評伝 石井桃子

ひみつの王国: 評伝 石井桃子

この人がいなかったら、日本の「子どもの本」はどうなっていただろう――。『ノンちゃん雲に乗る』『クマのプーさん』など、作家として翻訳者として編集者として、あふれる才能のすべてを「子ども時代の幸福」に捧げた百一年の稀有な生涯。自ら触れることの少なかった戦前戦中の活動や私生活についても、二百時間に及ぶ石井へのロングインタビューと書簡をもとに描き出す。児童文学の巨星の初の評伝。
 
内容(「BOOK」データベースより)
菊池寛に編集を学び、太宰治に恋され、「プーさん」を訳し、「ノンちゃん」を生み出した。石井桃子とは誰だったのか?200時間におよぶインタビューと膨大な書簡をもとに仕事、生活、戦争秘話まで101年の稀有な生涯を描き尽くす。児童文学の巨星、初にして決定版評伝!


101歳の長寿を保ち、「くまのプーさん」「ドリトル先生」「うさこちゃん」などを翻訳したり、出版企画をした伝説の女性だ。生前、その話を聞ければと思うこともあったが、それにふさわしいプロの人がその任に当たってくれた。

ただ、貴重は貴重であり、大いに参考になったが、自分の興味がある箇所ばかりではないので、総体としてすごく面白い、というわけにはいかなかった。まあこれは個人的な好みだ。


ただ、その序章で、石井氏はその生涯をあまり語らなかった、という話に関連して、その石井自身がある女性作家を紹介した一文を引用している。

それを孫引きしたい。

ウィラ・キャザー(略)は…自分を、その作品によってだけ知られたいと望んで、、遺書にもそのための周到な用意をした。/私の知り得た限りでは、その遺書には、彼女が生前に許可を与えた以外の私信は引用してはならないことを規定し、また作品については、どんな形の劇化、映画化、またラジオやテレビジョンによる放送、また将来発明される、どんな種類の機械…を通しての再生化も禁止している。


日本では中野翠がそう公言しているが、「自分が死んで、書いたものやら生涯の記録を残したいと思わない。そのまま消えてしまってくれて全然かまわない」という実に無常観、潔さのある人たちがいる。
だがしかし【記録する者たち】にとっては、こういう連中が最大の難敵だ。


石井桃子も、単にこの作家を一例として紹介したのではなく、明らかに尊敬の対象、指針として紹介しており、必然的に謎の部分が多かったという。
今回の「ひみつの王国 評伝石井桃子」はそんな難敵に食らいつき、ねじ伏せた、記録する者たちのほんのわずかの勝利のルポでもある。だが、それでもなお、ごく一部の局地戦にすぎないのだが。



あとがきにこうある。

「あなたはやっぱり、調べてお書きになったのね。兵隊さんのこと(※この「兵隊さん」は同書を直接参照されたい)まで…」。当人の、当惑の声が聞こえてきそうだ。
「でも、お話を聞いてしまったからには、書かないほうが罪は重いと考えました」。私はそう応じたい。あえて黙したままとされたことも、忘れてしまいたかったであろう苦しい時代のことも書かせてもらった。掘り出せぬほど深く埋め込まれた秘密はまだ、残されているだろう。しかし、石井桃子は何も恥じるべきことは行ってこなかった。それどころか、「こんなにもあなたはこの国の幼い子どもたちのため、後輩の女性たちのため、自分でも喜びをもって存分に仕事をして、生涯をまっとうされたではありませんか」。何度でも、感謝をもって呼びかけたいと思う。

この「ひみつの王国」の口絵の写真と言葉が素晴らしい。

そのまま紹介