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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

ペットに名付けるのは対象への敬愛か、侮辱か?「名前」への感覚の文化差異

赤ちゃんザルに「シャーロット」命名も抗議で取り消しを検討(スポーツ報知) - Yahoo!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150506-00000119-sph-soci
 
高崎山自然動物園が6日、生まれたばかりの雌の赤ちゃんザルを、英国で誕生した王女にちなみ「シャーロット」と名付けたと公表した。だが、その後、園に「サルに王女の名前を付けるとは英国に失礼だ」などと抗議が殺到したため、取り消しを検討する事態となった。
(略)
園には「もしロンドンの動物園のサルに、日本の皇族のお名前が付いたら、どんな気持ちになるか考えてみろ」「英国に失礼だ。撤回してほしい」など、電話等で抗議の声も殺到したという

ああ、これ読んだことあったな、という話。
ブクマでもちょっと触れましたが
http://b.hatena.ne.jp/entry/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150506-00000119-sph-soci

それを詳しく書こう。

古代において王者の名というものはタブーであるからだ…フレイザーの「金枝篇」…なぜ王の名前をタブーにするかといえば、名前と本人は一致するものだという侵攻があり、そういう信仰の下においては、王の名をみだりに明かすことは呪術的に危険…シャムでは王の名は魔法に対する恐怖から…ただ「尊敬」「完全」「至上」…などという堂々たる称号…ビルマでは君主の名を口にすることは極度の不敬……唐の太宗李世民の知性では「治世」とは公の文書にかけなかった、いうまでもなく「世」の字が「犯諱(諱を犯す)」になるからだ

逆説の日本史1 古代黎明編(小学館文庫): 封印された[倭]の謎

逆説の日本史1 古代黎明編(小学館文庫): 封印された[倭]の謎

ここまでは古い話で、実感がない、という人がほとんどだろうが、一転、いまの話になって、こう言われればああ、たしかにそうだねと実感するはず。

たとえば現代の日本で、自分が勤めている会社の社長がミヤザワキイチだったとして、社員がその名を口にすることがあるだろうか?専務であれ係長であれ平社員であれ、まさか社長のことを「キイチ」とは呼ばないだろう。「キイチさん」と敬称をつけてもダメだ。OLがそんな呼び方をしたら、社長と愛人関係にあるのではないかと疑われるだろう。
おそらく社員は、宮沢という姓のほうも滅多に口にしないはずだ。わざわざ「ミヤザワさん」と呼ばなくても「社長」という「称号」で呼べば十分だからだ。
現代ですらそうなのである。

ところが英語圏では…こういう意識がかつてあって、一部に残っていることも事実だろうけど、その一方でいま現在は逆に「チャールズ、チャールズ!!」「ダイアナ、ダイアナ!」と呼び、親愛の印はファーストネームで呼び合うこと…になっているのもまた事実。

どうしてなのかは知らないけどね。
確か高島俊男氏が「むしろ名前に関する欧米圏の意識というのは世界的に見れば少数派に属する」と書いていたこともあったな。

そんなあっちの国の名前文化の中で、「ペットに国王の名前をつけて敬意を表す」というイギリス?の実例も、どこかで見た記憶があるのであります。これの実例が上げられれば手っ取り早いのだが、ま、たぶん間違いないと思う。

【追記】はてブより
id:machida77 ニュージーランドでペット名が王室から来ていることについての記事があった。ジョージ王子の誕生によりジョージとつける例が増えたという→http://www.nzherald.co.nz/lifestyle/news/article.cfm?c_id=6&objectid=11440446

 
とりあえず、「ペットに名前をつけても失礼ではなく、むしろ対象への敬意」という考え方自体は「ある」。あるけれども、それは不敬だという取り方も「ある」し、日本の素朴な感覚、予備知識がないまま素直に受け取るとそっちの見方のほうが強いだろうな。

動物園も粘り強く説明して、理解を得るという選択肢もあるだろうが(かなりの自信を持って、例えば”当事者”の英国大使館はクレームをつけないだろうと推測する)、まあそのコストを惜しんで、撤回となったのですが、文化の差異が根底にあると考えると面白いものですね。


こんな逸話も。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%B9%E5%90%8D
明治以後の日本の特徴として、艦船名に人名を当てないことがあげられるが、これは明治天皇から艦名についての下問があり、臣下が諸外国では偉人の名前をとることがある旨奏上したところ、同意が得られず、以後日本では艦名に人名を使用しないこととなった[7]。
しかし1982年に防衛庁(当時)所有の砕氷艦の艦船名を公募したところ、日本で初めて南極探検を敢行した白瀬矗陸軍中尉に因む「しらせ」が上位となった。防衛庁は「しらせ」を艦船名に採用するにあたり、人名ではなく昭和基地近くの地名である『白瀬氷河』(もちろん白瀬矗に因む地名)に由来することとし、人名を艦船名には採用できないという問題をクリアしている。

http://www.mod.go.jp/msdf/hanshin/umi_room/unchiku/index.html
最後に、諸外国の艦艇には「アイゼン・ハワー」「ジョージ・ワシントン」(米国)「シャルル・ドゴール」(フランス)「世宗大王」 (韓国)など歴史上の権力者の名前を付けている軍艦が存在します。明治時代に旧海軍も人物の名前を付けようとしました。命名には 明治天皇の勅決を必要としましたが、明治天皇は日本の軍艦の艦名に人名はふさわしくないということで同意しませんでした。 明治天皇は非常に軍艦が好きだったようで、軍艦の命名に常ならぬ関心があったようです。結果的に明治海軍から現在にいたるまで日本には人物の名前を付けた 艦艇は存在しません。

 ちなみに南極観測船「しらせ」は「白瀬雪原」という南極の地名から命名されているそうです。

とはいえ、上にも出ているように韓国で「世宗大王」があるのだから、このへんも慣習なのか、個人(明治帝王)の好みなのか、また韓国などが「諸外国(欧州)では偉人だ、じゃあこちらも…」という感じで影響を受けているのか。
そんな差異もまた面白し。

思い出して追記。王様と名前、という連想で。

http://www.221b.jp/h/musg.html
しかしホームズが妙な気まぐれを起こした時、肘掛け椅子に座ったまま、引き金に軽く触れれば発射する銃とボクサー弾丸100個を使って、反対側の壁に弾痕で愛国心あふれるV. R.(※当時のヴィクトリア女王の頭文字)の文字を飾った。私は、そんなことで部屋の雰囲気や見栄えが良くなったとは到底思えなかった。

表現が異文化圏で<正反対>になる例はたいへん危険。「ワクチンとしての”知識”」を。

たとえば日本人と中国人の間で。 - http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20060326/p2
   
(略)…そこで思い出したのが,昔どこかの新聞で読んだ話。
帰国した中国残留孤児の悩み、みたいな話を特集したものだったが、そういう帰国者の面倒を何くれとなく見てくれる人がいて、何かにつけて様子を見に行ってくれてたんだそうだ。

しかし、あるとき、同じように様子を見に来た際、その帰国残留孤児女性に「ちょっと近くまで来たんでね。ついでに寄らせてもらいました」といったところ、その帰国女性のほうは大ショック。
というのは・・・・「私のうちに来るのが、どうでもいいついでの用件だなんて!しかもそれを黙ってもいずに、わざわざ私に面と向かって言うなんて!!『私なんかどうだっていい存在だ』と侮辱しに来たんだわ!」

その後、関係が途切れたとか。

もうひとつ、とある文化圏と違う文化圏では受け取られ方が違う表現の例を(笑)