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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

平沢勝栄が「カンボジアPKOで日本の警官が殉職したのは、護衛のオランダ軍が逃げたから」と言ってたけど本当?

朝まで生テレビ」放送から1時間50分ほど

平沢勝栄
日本は、今まで犠牲が全然出てないんじゃなくて、私が岡山県の警察本部長だったとき、私の部下が警察から出てね、高田君がカンボジアに行って、なくなったんです。尊い犠牲ですけれども。

高田君は要するに自衛隊と違って、丸裸で、オランダ軍に守られながらやってたもんだから、ポルポトが襲ってきたとき、パーッと…守ってたオランダ軍は逃げちゃったんです。
それで取り残されちゃって、日本の警察官だけが撃たれて、そしてそん中で高田君だけが亡くなったと。
それで部隊で派遣しないとあぶないということで、警察はそういった形の派遣はやめちゃったんです。
諸外国は警察も派遣しているんですけど、日本の警察は辞めて、そして自衛隊の場合の場合は、自己完結型で自分を守ってるんですけど、そのとき近くでなんかあったときに、ほかの部隊を助けられないとか、いろんな弊害があったから今回そのあれ、 武器の使用も含めて拡大したわけです。

この事件は当時大きく報道されたのでよく知っているが護衛のオランダ軍が「逃げた」という言い方を聞いたのは初めてだった。

ほかの資料。

殺害の経緯[編集]
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E7%94%B0%E6%99%B4%E8%A1%8C
1993年5月4日昼過ぎ、タイ国境に近いカンボジア北西部のバンテイメンチェイ州アンピル村で、同村に駐在している国連カンボジア暫定統治機構の日本人文民警察官5人が、オランダ海兵隊UNTAC部隊の護衛を受け、国道691号をパトロール巡回中に、ポルポト派とみられる身元不明の武装ゲリラに襲撃された。 10人程度とみられる武装ゲリラは、先頭車両を対戦車ロケット弾で攻撃し、車列が停止すると、自動小銃で一斉射撃をした。オランダ海兵隊も応戦したが、現場で高田警部補が死亡、他の4人の日本人文民警察官も重傷を負い、ヘリコプターでバンコク市内のプミポン空軍病院に搬送された。

http://www.mekong.ne.jp/directory/society/takada.htm
1993年5月4日昼過ぎ、タイ国境に近いカンボジア北西部のバンテアイミアンチェイ州アンピル村で、同村に駐在している国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)の日本人文民警察官5人が、UNTACオランダ海兵隊部隊の護衛を受け、文民警察専用車など車両6台の編成でパトロール巡回し国道691号を移動中に、身元不明の武装集団に襲われ、1人が死亡、4人が負傷した。
 
 10数人とみられる武装集団の一味は、先頭の車両にB40型対戦車ロケット弾を連射、車列が停止すると、自動小銃で一斉射撃を浴びせた、オランダ海兵隊も応射したが、攻撃が激しく、現場で高田晴行岡山県警警部補(33)が死亡。八木一春警部補(37)<宮城県警>と谷口栄三郎巡査部長(32)<石川県警>が重傷を負い、ヘリコプターでバンコク市内のプミポン空軍病院に運ばれ治療を受けた。また川野辺寛警部(44)<神奈川県警>と鈴木宣明巡査部長(34)<神奈川県警>も軽傷を負い、護衛のオランダ海兵隊員5人も負傷した。

このへんでは「逃げた」という記述は無い。


だが、さらにネット上で「カンボジア PKO 高田 オランダ」などに「逃げた」をくわえて検索をすると、国会で、かつて民社党だった塚本三郎議員が質問をしていた議事録があった。

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/126/0380/12605250380025c.html
○塚本委員 私は総理に、いわゆる歩兵部隊であるPKFを出せと今ここで要求しておるのじゃありません。平和で武器使用が必要ないという前提に立って出したわけです。ところが、武器使用の必要性が迫ってきた。だから、フランス軍にお願いします、オランダ軍にお願いしますとお願いしたら、真っ先に守ってくださるべきオランダ軍に逃げられてしまった、これで高田君が犠牲になった、これ、事実でしょう
 だから、武器使用が必要ないという前提に立ったから、慌てて普通科連隊出せと言う前に、武器使用をきちっと明示しておく必要があるのではないか。正当防衛でございます、緊急避難でございますという内地における個人のいわゆる正当防衛理論を、今やいわゆる戦争があるかもしれないというところに出しておきながら、いつまでもこの法律によるところの正当防衛と緊急避難だけでは、これは自衛隊が気の毒なんだ、活動できないじゃないかと私は思っておるんです。自分が危なくなったら撃て、こんなことは非常識ですよ。


あと、神浦元彰氏の記述があった。ここでは「直接取材した体験」としている。

http://www.kamiura.com/whatsnew/continues_2811.html
私はカンボジアで二人の射殺現場を取材したことがある。中田さんは現地の選挙ボランティアを募集した際、警察署長の息子を英語力に問題があるとして採用しなかった。それを怒った父親(警察署長)が、酒に酔って早朝に銃で待ち構え、車の中の中田さんを撃ち殺したものである。

また高田警部補は、巡回するポル・ポト派の村の入り口で、検問の兵士(村民)の停止に応じないで、護衛のオランダ軍の車列とともに無視して通過していた。そこでポルポト派が検問所で待ち伏せして、護衛のオランダ軍と国連PKOの停戦監視団(高田警部補)の車両を銃撃した。

護衛のオランダ軍はすぐに逃げだせたが、高田警部補が乗った車(トヨタの白いランドクルーザー)は側溝に落ちて逃げ出せなかった

そこで高田警部補は車内から出たが、銃弾を浴びたのが死んだ原因である。待ち伏せしたポルポト派兵士は、「なぜ待ち伏せして撃ったのか」という質問に、「我々は国連PKO部隊の派遣に合意した。それは玄関の戸を開いただけで、各部屋のドアを開いた訳ではない。しかしオランダ軍は勝手に部屋を開け、トイレや風呂まで覗き込むような失礼なことをしたので制裁した」と答えた。

オランダ軍(海兵隊)の駐屯地にあった白いランドクルーザーを見たが、中には一滴の血が流れていなく、車外で殺されたことを物語っていた。

強く印象に残ったのは、床に日本のお菓子の袋がいくつかあった。だから高田警部補が射殺された原因は、オランダ軍の振る舞いが事件発生の要因を生んだという印象を強く持った。オランダ軍の海兵隊中佐がインタビューに答えてくれた。


自分は「さすがにデマじゃないか?あるいは事実誤認じゃないか?」という印象で調べたのだが、とりあえずこういうソースがあったことだけは確認。また、突然襲撃されたときに、どのような対応までは「逃げた」や「やむを得ざるぎりぎりの危険回避」かは、解釈や議論の範囲ではあるだろうと思う。


一応、オヤッと思ったことを調べて、記録だけしておきます。
もっと詳しい事実関係を知っているひとは、ほかにいると思う。



平沢発言を実際に確認したい人はテレ朝ch2で

http://www.tv-asahi.co.jp/ch/contents/news/0008/
05/09(土) あさ06:00-あさ08:45
05/23(土) あさ06:00-あさ08:45

から再放送があります。