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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

台湾の港で軍艦を祀るお堂。由来→「流れた頭蓋骨を祀ったら、大漁だったから」〜「政治的正しさ」と「宗教的正しさ」の違い

実にいい話です。

■台湾・高雄に日本の「軍艦」祭る新堂完成 日本統治時代の軍港、今も追悼供養
2014.1.10 07:38
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140110/chn14011007390000-n1.htm

日本の「軍艦」などを祭っている台湾南部・高雄市道教霊廟(れいびょう)「紅毛港保安堂」の新堂が完成し、仮堂から神像や神艦を遷座する落慶祭がこのほど行われた。

 高雄は日本統治時代、海軍と軍港の街として知られた。同堂によると、終戦直後、漁師が漁網にかかった頭蓋骨を地元の廟に祭って慰霊したところ、大漁が続いたため、1953年に保安堂を建立。その後、頭蓋骨が「日本海軍38号哨戒艇の艇長」を名乗って漁師の夢枕に立ち、「部下を日本へ連れて帰れなかったのが残念」と語ったと伝えられている。そこで漁師有志が90年ごろ、「魂だけでも帰れるように」と、「日本の軍艦」の模型を作り神艦「38にっぽんぐんかん」として奉納、追悼供養したという。

どうだ、この、みもふたもない宗教的リアリズム!!いやリアリズムっていうのか、こういうの。
それが軍神か英霊か、戦争犯罪者か侵略者かなんて関係ない。
それを祀って、おさかながたくさん獲れるかどうかである。
「白猫でも黒猫でも、ネズミを捕まえる猫が良い猫だ」と訒小平閣下も語ったではないか。


で、タイトルにうたった訳だが、
「政治的正しさ」と「宗教的正しさ」はそもそも違うのです。ポリティカルコレクトネスとリリジョナルコレクト(っていうのか?)はべつもん。

べつもんだからこそ「戦死者(と思われる骸骨)をまつって、大漁を祈る」というアレが成立する。十字軍指導者ルイ聖王が、カトリックにおける「聖者」であることが成立する。

■十字軍を率いたルイ9世は”聖王”、カソリックの正式な「聖者」でもある件。

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20130816/p2


そして、何度もこのブログで繰り返している俺造語「宗教における見なしの自由」の証明でもある。「戦死した俺の父親が、漁船に魚を引き寄せるコマセ代わりに使われてるわけがない」と、ライトノベルばりに台湾近海で沈没した軍艦の戦死者遺族が思っても、仮にその遺族がクリスチャンやムスリムであったとしても、「…やつらがそう思うのは、まあ勝手だがな」なんである。というか、そうするしかないのである。
 
詳しくは、ここおよび、ここからリンクが伸びた各記事、あるいは「見なしの自由」で当ブログを検索してください。

誰が「英霊」でも、誰の「霊言」でも、誰が「アッラー」と呼ぼうと…これぞ「見なしの自由」
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20131026/p2

うそかまことか。こんなエピソードを聞いたことがあります
南の島に宣教師がキリスト教布教に訪れ、熱心に神の教えと聖書の物語を説いたところ、現地人は非常に話に食いついてきて好感触だった。
そして現地に教会を作ることが決定。だが宣教師は熱病に倒れ、急遽、その島を離れることになった。
療養後、その島へ舞い戻った宣教師に対し、住民が教会で歓迎式典を開く。
「先生にお聞きした、聖書で一番強くてえらい神様をお祭りしただよ」

そこには、巨大なユダの像がまつられていたそうな。
「キリストを殺したってんだから、一番強い神様なんだんべ?」

漂流物(漂流民の遺体)崇拝の一環か?

流されてきた漂流民の遺体や漂流物が豊穣の神として祭られるって結構普遍的なお話でしょ。難破船の積荷を略奪できれば、実際に豊穣になるから(笑)
日本残酷物語」だっけ?
そうだった。

http://hino.anime.coocan.jp/mienakirisoudou/nakirimuranannpasennimotuosiryou-3.htm

日本残酷物語第1部 貧しき人々のむれ」(平凡社)より
  海の略奪者
  波切沖の怪事
 伊良湖から伊勢湾口を横切って西へわたると志摩半島がある。半島の南東角の大王崎も古くから船人におそれられた難所であった。そしてここにも又漂到物を拾う習慣が古くから見られていたが、天保元年(1830)大きな問題を起こしたことがあった。その年の10月、中国の御城米300石を1300石積の船に積み込み江戸へ下る途中、波切の村人達が、その米を奪い取り、船には石を積んで沈め、難破船の如く見せかけたのである。

この島は公領で、近江信楽の多羅尾氏が代官として支配していたが、その居所と支配地の間が遠く隔たっていたので、鳥羽の預かりということになっていたが、事件が起こると鳥羽から信楽へ使者が立った。そこで多羅尾氏は手代の村上という者を検分に差し向けた。
村上は事情を聞いてただの難船と思い、鳥羽の郡奉行も印形をおして書類を大阪の奉行へ回し、船頭はさらに大阪で取調べをうけたのだが、はしなくも船頭の口から偽装難船であることが暴露された。それまで波切では毎年5、60艘の難破船があるのだが、本当の難破船というのはほんの5、6艘に過ぎず、後は船頭と馴れ合いの上の擬装難船であった。もしこれを船頭が承知しないときは残らず殺してしまったということである。


(略)…村の中がよく結束していてこそ悪事も外へもれないが、村が二つに割れては、秘蜜がいつまで秘密のままでおれるはずは無い。伊勢の悪党どもがこれを聞いて10人ほどで党を作り、武士に化けて波切へ乗り込み吟味を始めた。島中の者はいろいろ陳弁したが許さず、江戸表へ召し捕ってゆこうとおどした。それをやっと100両ほど出して内密に許してもらったが、この役人は偽役人であり、事件は納まったわけではない。悪党どもはこれに味を占めて、今度は顔ぶれを変えて乗り込み…(略)さすがに村中も困り、骨折りも空しくなって何の益も無い事になるから、この後はたとえ公儀の役人でも、ことごとく打ち殺して海へ投げ込もうではないか、と申し合わせた。

あっ、自分は「通り一遍の難破船の積荷で村が潤う」というイメージしかなかったけど、もっとすげえはなしだ。

・難破船の9割が偽装難破で、その積荷を奪ってしまう。
・船頭は了承すれば分け前、不承知なら殺す。
・しまいには幕府御用の船まで狙おうとする。
・その情報を知った詐欺集団が武士の吟味役に化けて乗り込み、口止め料として何度も大金を騙し取る。
・それに困った村人が「今度来たら、役人であろうとも、かまわず殺すか」と決意・・・

映画化しろ。
北野武監督当たりにやって欲しいな。

台湾で軍艦を祀ってくれてる皆様から、一転して失礼な連想になってしまった(笑)