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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

自分も家族も現地に行かない人の『フィリピン台風救援への自衛隊派遣』への支持・賛同…について。再考「ジェシカ・百田理論」

 【其山史晃、マニラ=佐々木学】台風30号の直撃を受けたフィリピンに対し、日本政府は13日、自衛隊を1千人規模で派遣する方針を決めた。現地では欧米の救援隊や医療支援チームも活動を始めたが、輸送手段の不足などで支援物資が届かず、人々は焦燥感を深めている。
(略)
 日本政府は、医療や輸送支援にあたるため艦艇3隻と、輸送ヘリコプター、輸送機を送る。国際緊急援助活動としては過去最大規模となる見通し。先遣隊はすでにフィリピン入りした。

 海上自衛隊の大型護衛艦「いせ」、輸送艦おおすみ」、補給艦「とわだ」…(略)

大きな災害であり、一刻を争う事態だ。自衛隊の皆さんの無事と、それによって一人でも多くの現地の人々が助かることを祈りたい。
そういう状況で、机上であれこれ考えることの「後ろめたさ」は常に付きまとうが…(それが結局、このテーマの核心にもつながるのだろう)それでもまあ、ネットの片隅を借りて考えさせてもらう。

というか、思考の再紹介で済む。

今回のテーマの過去リンク集

■お前が戦争に行け論
http://www.tanautsu.net/the-best01_03_01_aa.html
■「「個人の自由と権利に比べれば…」「それなら、私帰っていいですか?」
http://www.tanautsu.net/the-best01_03_02_aa.html
■ヨシ=タナーニヒトの演説
http://www.tanautsu.net/kousatsu01_20.html

■「華氏911」異論--というか銀英伝的「息子を行かせろ論」について。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20040627/p1
朝まで生テレビ福島瑞穂vs志方俊之)における「逆お前が行け論」
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20060527/p3

■「あなたはどこにいます?」のジェシカ主義(銀英伝)は、菅直人がとどめを刺した。しかしそれでも…
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20120304/p2
そのあと、もうひとつ記事を書いた。
■国会事故調、東電撤退問題…「きれいな清水社長」が全面撤退論を語ったら、どう反論する?
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20120620/p3
■銀英伝脳で映画「リンカーン」を見ると…「大統領は鬼畜だ!」となるかも(笑)
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20130502/p3
百田尚樹氏「名案」の馬鹿馬鹿しさの多くは「お前が行け」論法(ジェシカ論法)自体が無効だから。「ジェシカ・百田論法」に名称変更(笑)
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20131013/p4

「安倍首相、踏切で救助試みて死亡した女性に感謝状」への賛否両論に関して
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20131004/p4
 
「シリア討つべし!」論に立つ日本知識人続々。…だが、例の「お前が行け論」が仮に有効なら、彼らは?? -
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20130920/p2

糸井重里氏「まず、総理から前線へ。」の反戦コピーの出来を後悔。「今なら戻してって言う」 - http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20150221/p4

源流としての
長谷川如是閑「戦争絶滅受合法案」
http://homepage.mac.com/ehara_gen/jealous_gay/hasegawa_nyozekan.html
与謝野晶子「君死にたまふことなかれ」
http://www.geocities.jp/the_longest_letter1920/kimi_shinitamou_koto_nakare.html
「すめらみことは戦ひに  おほみずから出でまさね」

そもそも、表題にうたった「ジェシカ・百田論法」って何かというのが分からんだろうけど、


それは上のリストにもあるhttp://d.hatena.ne.jp/gryphon/20131013/p4を読んでほしい。
ジェシカ(銀英伝)の元テキストは再度引用しよう。

「あなたはいま、どこにいます?」
「は、なんですと?」
「わたしの婚約者は祖国を守るために戦場に赴いて、現在はこの世のどこにもいません。委員長、あなたはどこにいます?死を賛美なさるあなたはどこにいます?」
「お嬢さん・・・」
「あなたのご家族はどこにいます?わたしは婚約者を犠牲に捧げました。国民に犠牲の必要を説くあなたのご家族はどこにいます?あなたの演説には一点の非もありません。でもご自分がそれを実行なさっているの?」(ジェシカ・エドワーズ)

「あなたがたが、口で言うほどに祖国の防衛や犠牲心が必要だとお思いなら、他人にああしろこうしろと命令する前に、自分たちで実行なさったらいかがですか。…たとえば、主戦派の政治家・官僚・文化人・財界人でもって『愛国連隊』でも作り、いざ帝国軍が攻めてきたというとき、真っ先に敵に突進なさったらいいでしょう」(ヤン・ウェンリー

「結局のところ、あなたがた権力者はいつでも切り捨てる側に立つ!手足を切り取るのは確かに痛いでしょう、ですが、切り捨てられた手足からみれば、結局のところどんな涙も自己陶酔に過ぎませんよ」(ワルター・フォン・シェーンコップ)

百田氏の言葉は、まあ繰り返す要も無いだろう(笑)。
 
 
ま、そういうわけで。
上の論法が通用するのだったら、それは軍の「戦地へ赴いての戦闘」だけでなく「混乱した災害地へ赴いての救援活動」にも適用されると思われる。というか、適用されないわけがない。


とこ
ろが。

まあ、世界観がつながっているわけでもなんでもないのだけど、「銀英伝」と、同じ作者の書いた「創竜伝」では”地の文”の中で、高らかに自己犠牲の尊さ、危険を顧みずに献身する気高さが描かれている。まあ小説である以上、この世界の中でこの世界を説明する文章と受け取るべきなのだろうが、その世界ではこんなことがあったそうで。

堂兄弟の年代では想像するのもむずかしいが、日本にも貧しい時代があったのだ。外国からの援助を必要とした時代。国内によい職場がなく、人々が外国へ出稼ぎに行った時代。二〇世紀末の日本人に、南アメリカのペルーとはどんな国か」と問えば、「左翼ゲリラが跳梁し、日本人技術者を殺す、おそろしくて貧しい国」という答えが返るだろう。だが第二次大戦の直後には、そのペルーが日本に食糧援助をしてくれて、おかげで何万人もの人たちが餓死から救われたのだ。今度は日本が多くの国に力を貸し、自立を助ける立場になった。けっこうなことだ。できるだけのことをさせていただこうではないか。そう祖父の司は始に語ったことがある。

だからぼくは、かつてこの2作品を融合させて、こういうパロディを作った。我ながら、ちょっとした傑作だと思っている。

■ヨシ・タナーニヒトの演説
http://www.tanautsu.net/kousatsu01_20.html

お集まりの市民諸君、ボランティア諸君!今日、我々がこの場にはせ参じた目的は何か。ペルーにおいて散華した農業指導の人々の英霊を慰めるためである。彼らは貴い命を発展途上国の福利向上を進めんがためにささげたのだ。

貴い生命と、いま私は言った。まことに生命は貴ぶべきものである。しかし、諸君、彼らが散華したのは個人の生命よりもさらに貴重なものが存在するということを、後に残された吾々に教えるためなのだ。それは何か。すなわち国際人道援助である!

彼らの死は美しい。小我を殺して大義に殉じたからこそだ。彼らは良き夫であった。良き父親であり、良き息子であり、良き恋人であった。しかし彼らはその権利を捨てて治安の悪い途上国に赴き、そして死んだのだ!

フィリピンに、1000人規模の自衛隊が赴くとの決定に際し、再論した。
自分は今回の災害に際しては、マウスをクリックして、日本赤十字と「国境なき医師団」にあきれるほど小額な寄付をしただけ。もちろん現地には、自分も家族も行っていない。
そんな立場から。