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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

トルコ”突然”の混乱。民衆はエルドアンに「鍋をひっくり返す」か?

つくづく政治家の人気というものは分からない、もしくは儚い。
2011年・・・

http://www.tkfd.or.jp/blog/sasaki/2011/10/no_1166.html

今中東で一番人気のある政治家といえば、トルコのエルドアン首相だ。彼に並ぶ支持の高い政治家は、アラブ諸国にもイランにも、イスラエルにもいない。
 つまり、トルコのエルドアン首相は中東諸国全てで、一番人気があり最も高い支持率を有する、政治家ということだ。
(略)
 この絶対的人気を誇る、エルドアン首相の主導の下に、トルコはいま経済的に独走態勢ともいえる、絶好調期にある。それをうらやむヨーロッパ諸国には、最近種々の反応が生まれている…

とまで書かれていたのだが。まあ、トルコの反首相の思想潮流は他に無いものであるから、逆に中東の他国の庶民からは「頑張れエルドアン」「俺たちが味方だ」というような感じで見られているかもしれない。
トルコ特有というのは、エルドアンが国家にイスラム的な要素を加えることをよしとしているイスラム政党の側に立ち、そういう層の支持を受けており、反首相、反与党の側は右派・ナショナリズム的な「ケマル主義」を持つものと、左翼系の人々が「政教分離」を奉じてエルドアンをはさみうちにしつつあることで…
ただ、このへんは日々の新聞記事などでも分かるか。

ただ、結局非常にジレンマな規定があって…いや、過去に記事を書いたから二度繰り返すのもつまらない。再引用しよう。

■トルコとイスラム政教分離
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20070812/p3
■トルコの政教分離裁判、与党AKP解党まぬがれる。”ケマルの共和国”は第二革命を成し遂げられるか
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20080802/p3
■トルコで与党(公正発展党)が勝利し続投も、改憲必要議席は取れず
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20110614/p5

ここから要約抜粋し再引用。

・結局、イスラームが宗教の中でも非常に強く人々の日常生活や活動を規定している以上、例えば今の日本のような状態、ヨーロッパのような状態にそのまましていればじわじわと政治も社会も行政もイスラムの色に染まってしまう。
・それを防ぐには、逆に強引だったり個々人の自由を制限する(例:スカーフ着用禁止)形になっても、強権的な政教分離をがっちりやり続けるしかないんだ・・・とトルコ世俗派は考えている。」

しかし、こんな逆説がある↓
・トルコで「スカーフ着用が政教分離に反する」として大学から追放されたイスラム系女子は欧州留学に高等教育の場を求めた。
・そしたらヨーロッパでは、大学でのスカーフもいっさい問題にならなかった
原理主義者は民主主義価値観とイスラムは矛盾しない!と自信を深める

という問題がある。ただしこれを書いた辞典からエルドアンの個人的人気と権力基盤が高まり、後者のイスラム側もだいぶ強権的になったと。エルドアンも首相から大統領になる(与党内部で権力闘争に勝利する)との野心を隠さず、また個人的な腐敗、家族や取り巻きの腐敗も見られる…とか。

トルコ語の「なべをひっくり返す」=反乱。イェニチェリの伝統から。

さてここからが本題。
朝日新聞の2013年6月5日でトルコの反首相運動を伝える中でこんな一節がありました。
「デモへの共感を示して、毎晩9時にいっせいにフライパンをたたく運動も全土で展開」…。
これはうるさい(笑)
”抗議”とか”連帯”を示すシンボルは世界で共通しているかというと全然そうじゃなくて、たとえばクラクションって連携のクラクションもあれば抗議のそれもある。イランでの反政府運動で、なんかオバちゃんが屋上にあがって巻き舌で「ラララララララ…」って叫ぶって映像みたことがあって、?と思ったけど、あっちじゃ抗議の意味だとすぐ分かるそうで。

で、今回のこのトルコの「フライパン抗議」って、慣用句になっているともいうイニチェリの「なべをひっくり返す」からきたのかな?と思ったんですよ。

1826年5月、マフムト二世は新式軍の編成を勅した。…(略)しかし、スルタンの予想通り、イェニチェリは君命に従わず、新式軍への公然たる反対をあらわにした。
ここでイェニチェリは、奇妙なしぐさをしている。それは、スープ用の大なべをひっくり返して営庭にならべたことである。これは不平不満を公然と表す際に、イェニチェリが慣行としたしぐさである。
16世紀後半以降、イェニチェリはイスラーム暦で年に四回、3カ月分をまとめて俸給としてトプカプ宮殿で受け取った。支払いに満足したときは中庭に出されたスープの大なべとピラフを入れた器で料理を賞味するのが恒例であった。不満足なときは、このスープを「飲めるものか」とあらわに拒否したものだった。もっと不平不満が募ると、自分たちの部隊のシンボルでもあり、スープを実際に作っていた大鍋をひっくりかえして「もう我慢ならぬ」と反旗をひるがえしたのである。イェニチェリの将兵が黙ってスープをすするのを見て、大宰相たちはようやく安堵したという。そこで、トルコ語で「大鍋をひっくりかえす」(カザン・カルドゥルマ)といえば、反乱を起こすことを意味するようになった。

世界の歴史〈20〉近代イスラームの挑戦 (中公文庫)

世界の歴史〈20〉近代イスラームの挑戦 (中公文庫)

どうだこの文章の躍動感。
例の「東大教授(※当時)の仮面をかぶった講談師」山内昌之氏の文章ですよ。

うーん、なべをひっくり返すのとフライパンをたたく…違うのかな。同じ文脈だとロマンがあっていいんだけどな。
ま、それは詳しい人の情報を待つとして、
この話を読んだとき、高校で初めて歴史の授業の資料集にて「イェニチェリ(新しき兵)」のことを知った衝撃を思い出したもんでした。
高校の資料集にはこんなことが書いてあったのだ。
「トルコのスルタンは支配地域で異教徒であるキリスト教徒の家から、まだ幼ない子供たちを無理に徴発した。そして彼らをイスラム教徒に改宗させ、主にキリスト教国家との最前線で戦う兵士とした。改宗された兵隊たちは極めて勇猛で、他国は恐れた」

と。
なんというか神話的というか異国的で、しかもやはり「幼いキリスト教徒が集められ、イスラム教に改宗させられて、逆にイスラム帝国最強の兵となる」というのは、なんとも非人道的な奴隷兵のように感じられた。

だが、これはこれで正しいだろう教科書レベルの知識を超えてよくよく見ると、「彼らが給料に満足したらスープと焼き飯を食う。不満のときは鍋をひっくり返す。大宰相はその様子をみながら一喜一憂していた」というね(笑)。

まあ、昔同様に高校の教科書で「奴隷王朝」というまったく語義的に矛盾しているとか思えない用語をみたときのような、イスラム文明圏の「奴隷」の特異な意味合いもあるのだろうし、
逆に普遍的な話でもあって…「ナンバーワン直属のペーペー」が「ナンバーツーやナンバースリー」より権勢を振るう(社長秘書が副社長より実際の権力を持つ、というイメージなら鮮明に想像できるかもしれない)こともあれば、それが逆に権力者の運命を左右する、ということもある(現場の雇い人や販売店、職場のOLに絶大な人気や指導力を持つ、ことで会社の出世コースにも乗るというパターンか)。


ローマだって、「傭兵や近衛軍が支持したのでこの人が皇帝となった」というパターンがある。権力中枢にピッタリ寄り添い、しかも実力装置である「最高権力者直属武力部隊」の権力への逆作用、という。

自分にとって山内氏が書くような、室町ごろから江戸期にかけてのイスラム文化圏は、まったく肌感覚のなじみがない分、「まったく違うなー」と「普遍的なことを想起させるなあ」の両方を感じさせる得がたい鏡となっている。

そういう点でも、トルコ、イスタンブールの騒動は、どちらの側が勝利するかということとは別に、なんとか早めに収まってほしいものだ。オリンピック招致を堂々と競うためにも。(というか、今回はあちらの開催でも別にいいんだが)