本人は不満もあった。
http://www.nikkansports.com/sports/sumo/news/p-sp-tp3-20130120-1074301.html
「巨人、大鵬、卵焼き」。63年ごろ、子供たちの好きなものとして流行語になったが、好まなかった。23歳当時、若き横綱として前年名古屋場所から6場所連続優勝を達成。生前「オレは1人でやっている。巨人は、お金でいい選手を集めている。一緒にしてほしくない」と話したこともあった。
いやまあ、野球は一人じゃできないし、「こっちはみなで一丸となってやっているんだ。一緒にしてほしくない」言うかもしれないが(笑)。だが、本人は本人でそういう自負がある、というのはある意味たいしたものなわけで、記録に残す言葉だろう。さっきテレビ朝日で、同趣旨のことを述べる「徹子の部屋」の映像があった。
造語者は、堺屋太一だった?
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20130119-OHT1T00234.htm
「巨人、大鵬、卵焼き」生みの親・堺屋太一氏も絶句…大横綱・大鵬死去
大相撲で史上最多の優勝32回を誇る第48代横綱・大鵬の納谷幸喜さんが19日午後3時15分、心室頻拍(しんしつひんぱく)のため都内の病院で死去した。72歳だった。現役時代はライバルの横綱・柏戸と「柏鵬時代」を築き、日本が高度経済成長の道を突っ走った1960年代のシンボルになった。輝かしい記録と甘いマスクでスポーツの枠を超えて国民的ヒーローとなり「巨人・大鵬・卵焼き」の言葉も生まれた。引退後は相撲博物館館長などを務め角界の発展に貢献した。昭和の火がまたひとつ消えた。
「巨人、大鵬、卵焼き」の生みの親・堺屋太一元経済企画庁長官(77)は19日、元横綱大鵬・納谷氏の死去の報を聞くと「え、本当に?」と絶句。「72歳は早過ぎる。残念です」とその死を惜しんだ。
このフレーズは、通商産業省(現経済産業省)の官僚だった1961年ごろ、経済報告の会見で口にしたものだった。「当時は高度成長時代だったが、経済優先だなどと批判もあった。だからマスコミ向けに『高度経済成長はみんなに好まれる。それは巨人、大鵬、卵焼きが好かれるのと同じことだ』って言ったんですよ」と当時を振り返った。
事前に温めていた言葉ではなく、その場のアドリブだったが、今でも語られる大ヒットになった。「仲間内での冗談を思い出して、ちょこっと言っただけ。ここまで広まるとは思ってなかったが、時代に合っていた言葉だったんでしょうね」。高度成長と、強い人間像が尊ばれた当時の思潮が、流行語を生み出した。
えー、
今回の追悼で触れない所が無かったあのフレーズ「詠み人しらず」と思ってたよ・・・。
どんな言論人もジャーナリストも、自分の考えた言葉や概念が、新聞や雑誌を飾ったら嬉しいだろうが、今回の大鵬追悼記事、番組でこのフレーズを「紹介しなかった」ところはほぼ皆無だった。
同じく「団塊の世代」も、完全に概念としても定着している。