INVISIBLE D. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

「女性に教育を施せば、次世代は豊かになると思った。だが間違っていた」〜パキスタンの事例

毎日新聞「時代の風」より。筆者は元世界銀行副総裁・西水美恵子。
http://mainichi.jp/opinion/news/20120401ddm002070091000c.html
(※パーマリンクに差し替え)

パキスタンで最も貧しい地域は、南西の片隅にあるバルチスタン。そのまた片隅のマンド村に、小学校から高校までの一貫校、マンド女学院がある。女学院の偉業に感動した人々が、誰からともなく「マンドの奇跡」と呼びはじめ、定着した。
(略)
 世隠れの歴史にイスラムの慣習が重なって、マンドの女衆は近年まで生涯外出を禁じられていた。女子教育などもってのほかだった村の女学院は、長老ジャラル氏と家族一同の尽力のたまものである。創立1981年。クウェート留学を終えた娘たちを教師とし、家財を投じて塾を開いたのが始まりだった。「良母は千の教師に勝る」と、村の男衆を説得したそうだ
(略)
 しかし、卒業生の家々を訪ねながら草の根を歩き回って、恥を知った。「マンドの奇跡」は、教室の外に起きたことを指していた。全国各地で見慣れていた目を覆いたくなるような赤貧が、村のどこにも見あたらなかったのだ

 ジャラル氏が、赤面する私を笑いながら、南アジア諸国のことわざをそらんじてくれた。「一人の男子に授ける教育は、一人の人間を教育する。一人の女子に授ける教育は、未来の世代をも教育する

 氏が女学院を創立した動機が、村内の経済格差だった(略)・・・。金持ちの息子たちはパキスタンの最大都市カラチや海外に留学し、女衆はもとより、貧しい村人のほとんどが、代々非識字のまま取り残された。何世紀にもわたって貧富の差が拡大し続けるマンド村にも、他のへき地と同様に、イスラム過激派が忍び寄って来た。捨てるものは命しかない貧民の鬱憤につけ込み、彼らを捨て身の神兵に徴募するためだ。

 村の未来に危機感を抱いたジャラル氏は、経済格差の根を絶つすべを、教育格差の解消に見た。「教育は人生の選択域を広げ、未来への展望を開き、自助自立の貧困脱出を可能にする。まず良母からと女学院を始め、時間がかかると覚悟していたが、計算違いだった」と、氏が笑った。
 効果は世代交代を待たずに表れた。勉学に励む娘たちは、兄弟の学習意欲を挑発するどころか、非識字を恥じる父や母にも読み書きを教えた。村の識字率はあっという間に上昇し、衛生状態や栄養不良の改善を伴い、労働生産性の向上に直結した。小売業や、農耕機具の修理・整備業など、自営サービス業を起業する村人も現れた。氏は「良母と娘は、千どころか、万の教師に勝る」と、高々と笑った。

エントリのタイトルの意味がお分かりでしょうか。
女性への教育によって、「次世代が豊かになる」どころか、「当事者の世代のうちに豊かになった」のです。そして計画者は、自分の間違いを認めたと(笑)。


はい、タイトルは煽りです。すいませんっした!!

筆者によると、『詳しくは拙著「国をつくるという仕事」(英治出版・09年)にある』とのこと。

国をつくるという仕事

国をつくるという仕事

世界銀行に入った著者は、南アジア各国、アフガニスタンパキスタンバングラデシュなど数多くの途上国を担当。貧困地域に自らホームステイして現場の問題を探り出し、安易に援助を行うのではなく、地元のリーダーを支援することで自律的な貧困脱却を促す。民衆を顧みない権力者には、「それでもあなたは政治家か」と怒り、一歩も引かずに闘い抜く。現場を軽視した施策は改め、ほんとうに必要な支援を追求する。

貧困や悪政と闘いつづけた 23年間。それは、この世界を変えたいと願う、あらゆる職場のリーダーたちと共に歩んだ道のりだった。農民や村長、貧民街の女性たちや売春婦、学生、社会起業家、銀行家、ジャーナリスト、政治家、中央銀行総裁、将軍や国王に至るまで――。本書は、「国づくり」の現場で出会った本物のリーダーたちの姿を情感込めて綴った回想記であり、今なお貧困や悪政の渦巻く世界を変えていくための、未来に向けたメッセージである。