http://mainichi.jp/select/opinion/hasshinbako/news/20120126ddn004070030000c.html
発信箱:ビルマとミャンマー=藤田悟
ミャンマーは20年以上にわたって、二つの国名が併存する奇異な国である。英語で「BURMA」(バーマ)と「MYANMAR」(ミャンマー)。日本語だと「ビルマ」と「ミャンマー」だ。88年のクーデターで実権を握った軍事政権は翌年、英語の国名を「BURMA」から「MYANMAR」に変更・・・(略)植民地時代以来の呼び名を嫌い、原音に近い呼称にしようとしたのだ。
国際社会の反応は二分された。英国や米国は、軍事政権は正当性に欠けるとして呼称変更を認めなかった。一方、国連は軍事政権が国際法上の要件を満たした代表権を持つと判断し、新呼称を承認した。日本や中国など欧米以外の多くの国は国連の判断にならった。日本のメディアでも、オランダ語からきた「ビルマ」から「ミャンマー」へと表記変更するのが主流となった。
このため、二つの呼称が併存する妙な事態になった。国際会議で米国などが「BURMA」と呼ぶと、ミャンマー代表が「我々の国の名称はMYANMARだ」と訂正…
(略)。だが、新政府が民主化への改革に乗り出したことで、国際環境は大きく変化しつつある。先月訪問した米国のクリントン国務長官は、記者会見などで「BURMA」を避けて「この国」という言葉を使う配慮を見せた。欧米メディアでも「MYANMAR」に表記変更する動きが出ている。(後略)
毎日新聞 2012年1月26日 大阪朝刊
私はよく「見なしの自由」ということばを使っているが、主に宗教的見解についてのことが多い。世俗の話題、特に『名称』をめぐっては、公式文書(政府)と民間、自称と他称、一般性などさまざまな理由があって、もうちょっと複雑になる。
「ビルマとミャンマー」も、その一例として着目してきたので、これは貴重な資料となる。