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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

学校教師の脱線・個人的主張授業をどうするか&ハングル雑談

http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20110825/1314309638
から、産経新聞の孫引き
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110825/edc11082502070000-n1.htm

横浜市にある神奈川県立高校の地理歴史科の女性教諭が日本史の授業で生徒にハングルを教えていたことが24日、県教委への取材で分かった。県教委では授業は学習指導要領に定められたものといえず教育内容として不適切と判断。こうした授業をしないよう学校側を指導した。教諭はこのほか、「関東大震災のさいに起きた朝鮮人虐殺現場」を見学するよう企画し、生徒に参加を募っていたことも判明。県教委はこれも指導対象とした。

 県教委によると、問題の授業があったのは昨年12月下旬、学期末試験終了後の2年生の「日本史B」の時間。1コマ45分を使って、生徒に自分の名刺をハングルで作らせる授業を2クラスで行ったという。

 今年8月上旬、授業内容について県教委の考え方をただす電子メールがあり……

自分はこれにブックマークをつけた

http://b.hatena.ne.jp/gryphon/
「先生の趣味的脱線授業」はまま在るし、後で楽しい思い出だが公になれば教委は一応何もせん訳にもねえ。で、先生は内心舌を出しつつ頭をかきごめんネ、でいいんじゃ?軍オタ教師の戦争論講義だってどこかにありそ

自分も実体験として、教師が授業時間を勝手に私物化して、授業とかけ離れた趣味的な話……ならまだましで、「それはご自身の政治的主張と嗜好ですので、休日にチラシの裏に書いてください」的なイデオロギー丸出しの一方的な見解を語る人を目撃しております、つうか被害を受けた(笑)。
ぼくは頭が良かったので(笑、というか歴史オタク的に無駄な知識があった、ということだ)、多少は距離をおいて聞けたのだが、あれをそのまま受け取る生徒も、そりゃ一定数いただろうな…まあ、時代とはそういうもので、中学や高校の教科書はまださすがに中立的だったが、副読本とかはそりゃーすごかったよ。あれ、まだ保管しておけばいい資料となって良かったんだがなあ。
評論家・佐高信氏も、自身が庄内の高校で教師をしていた時代、自分の時事問題に関する見解を授業で生徒に語りまくったことを隠していない。
 
そういうのは別にしても、日本シリーズがかつてデーゲームであった時代、シリーズの勝敗を決する天王山は大抵、先生が「これも社会勉強だから」と言ってクラスでテレビ鑑賞させてた。秋山がホームランを打って、ダイアモンドを一周後とんぼ返りするシーンは忘れられませんな。

かつてのファンロードにも、アレな教師たちが黒板にアレな絵を描き(また大抵うまいんだ)、そういう話題を楽しく生徒と語りまくったなんて話はよく出ていたような気がするなあ(笑)。


で、こっから私見を申します。
こういうセンセーたちの脱線授業は…、ちょっと違うけど「プロレスの5カウント内の反則」みたいなもんだとして扱ったほうがいいかと思う。

といいますのは過去に

■「そもそも教育では、リスクとの兼ね合いで何を教えるべきか」について
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20101219/p2
■武道必修化の議論の続き。そも「体育」は必要か。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20110607/p2
■我々には「銃という教養」が欠如している。それはいいことか悪いことか。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20090130#p4

などで書いたとおり、
『「義務教育では何を教え、何を教えるべきでないか」は一種の”神学”。正統性はいくらでも疑えるし、突き詰めりゃ結論も出ない。』ということですよ。ことに歴史や社会の関連では、独断でいうと無駄な知識ほど楽しいし(笑)

homo sum: humani nil a me alienum puto. (TER. Heaut. 77)
我は人間。人間的なものにして我に無縁なるものはなしと思う

この格言を引用すればなんでもアリ(笑)。

だから、もし自分が生徒だったら、ハングルで自分の名前を書いてみよう!というのも実に楽しめるし、はてブに書いたように、クラウゼヴィッツの「戦争論」を熱く論じる先生がいたとしたら、それも楽しめるだろう。あるいは過去に書いた「銃の教養」を本当に必要だと考える人がいて、拳銃やカラシニコフのモデルガンを教室で生徒たちに見せて(もちろん社会問題の勉強とのタテマエだ)、「いいか、覚えておきなさい。まずは安全装置を…」とやるのだって、個人的にはOKだ。というかどれも神学的にはどっこいどっこいの価値だ(笑)


ただ、オオヤケの授業を自分の判断でそういうふうに使うのが正しいんですか、といったら、まあ公式には駄目ですな。
つーか、こういう”ハーバード趣味的教室”は「これが出るとこ(県教委とか)に、正式に出ちゃったら反則認定だよね」というのを、教師がコミコミで引き受けた上で、そのハラ、覚悟を決めてやるもんだと思うわ。
で、反則は反則だから和田レフェリーはオーバーゼスチャーで警告するだろうし、ことによったらイエローカードも出るかもしれない。しかしまあ、両さんの始末書のようなもんで、それは「テヘッ、失敗しっぱい」ぐらいに受け取る側(と周辺)があまり気にしなきゃよかんべ。それが適当な落としどころなんじゃないかいな。
だいたいの「熱血教師」ドラマでも、この種の正規授業から逸脱した「脱線授業」の回ってあるような気がするが、それが面白いのは、法律や規則に逆らう「はみ出し刑事」が違法捜査をするから刑事ドラマが面白いってのと似ているとことがある。

あるいは、高校生が飲酒をするというのにも似ていて…それが(バレずに)過ぎてしまえば武勇伝や、楽しい青春の思い出……、になっていくこともあるんだろうが、芸能人とか高校球児が、「動かぬ証拠」とともに飲酒の事実を突きつけられたら、まあ何のおとがめもなし、というわけにはいかなくなる。「みつかったらアウトね」ルールはたしかに一種の二重基準ではあるが、ひとつの緩衝材としては使えるんじゃないだろうか。



「教室密室時代」は終わり、こういう話はダダ漏れする。それ善でもあり、悪でもある。

「県教委へのメールで発覚」と新聞記事にはあるが、その前に2ちゃんねるで「体験談」的な情報が流れ、資料画像も出てたんだってね。

むかし、たとえば自分が少年時代のこういう逸脱授業があまり公にならなかったのは、こういう経路が無かったからでもある。
言うまでもないが、教室において教師は絶大な権力を持つ独裁者であり、専制君主である。どこかの敬称でいえば「大佐」かもしれない。
合法的な権力を振るうこともあれば、そこでの行状が外に漏れない「密室」なために、本来は問題視されることが隠蔽されたこともあったろう。あるいは支配される生徒が、「それは客観的には問題である」ということを比較対象もなく認識できないのかもしれない。
 

ただ、当時「2ちゃんねる」があって、ICレコーダーがあったら…たとえば自分もインターネットで、「XXXXとうちの授業で先生言ってんだけど、これってアリ?」みたいに情報を漏らしていたかもしれんのう(笑)。
これは「ダダ漏れ民主主義」の成果であり、アラブの強権社会がフェイスブックによって破られていくのと同様なものかもしれない。少なくとも生徒がそういうふうに教室の情報を、だれもが見られて意見を言える場所に持っていくのが悪いことだとは言えない。

教師は、だから脱線授業に関しては「(不満な)生徒が(批判的に)脱線授業のことを外に漏らすかもしれない」ということも覚悟完了した上で「でも、やるんだよ!」とやるか、あるいは生徒間の相互監視・密告システムを構築し、機密が教室共和国の外に流れるのをカンペキに防いだ上で行う…のが、このITクラウドグローバルメガトン社会の流儀かもしれない。

第二部。ハングルを考えるのココロ

つっても、6年前、2005年に書いた
■「変種ローマ字」としてのハングル(うろ覚え)
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20050520/p2
の時の感慨を、この記事に触れて思い出したってだけだけどね。
言葉を「母音」と「子音」にわけて、これを組み合わせれば文字数は少ない、っていうことに、アジアのほうで気づいたってのはすごいなあと思ったのだが、同リンク先のコメントで他にも梵字とかが同系だと。逆に言うと、日本はこれなしでよく力技、50字での文字表記にたどり着いたなと。
ただ
「あいうえお、かきくけこ」
という並べ方もあったのだから、「母音」「子音」概念の、かなり近いところまでは接近したような気もするが…
「忍びいろは」はまんまローマ字かと思いきや、それは井沢元彦の小説だった。本来のは「いろは」を置き換えたもの。
http://saizou.makibisi.net/sinobi/iroha.html

「あいうえお、かきくけこ」の五十音は「いろは」から進化した近代的な発明っぽくも見えるが
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3

五十音
五十音(ごじゅうおん)は、日本語の仮名(平仮名、片仮名)文字を母音に基づき縦に五字、子音に基づき横に十字ずつ並べたもの。元来、漢字の音を示す手段である反切を説明するものとして考案されたものとされるが(明覚『反音作法』、1093年)、その子音と母音を分析的に配した体系性が、後には日本語の文字を体系的に学習するのにも利用されるなど様々な用途を生んだ。

「五十音」「五十音図」の名は、江戸時代からのものであり、古くは「五音(ごいん)」とか「五音図」「五音五位之次第」「音図」「反音図」「仮名反(かながえし)」「五十聯音(いつらのこゑ)」などと呼ばれていた。

段を「あいうえお」と並べる必然性は特になく、「いえうおあ」でも「うおあえい」でもいいわけである。列にも同じことがいえる。実際、過去の文献の中には五十音を現在とは全く異なる配列に並べたものも見出される。現在の配列になったのは室町時代以後である。この配列になった理由付けとして有力なのは、サンスクリットの音韻学(悉曇学)による影響である。

ふうむ。日本語と韓国語は発音が似ているが、母音と子音の扱いに違いは。

ハングルの創設者、世宗大王はドラマになっている

自分は韓流に限らず、連続ドラマをみる習慣と耐久性が無い…だが新聞広告で、ハングル開祖として名前を知っている「世宗大王」がドラマ化されていることをしって、これはちょっと見てみたくなった。
「あっ、韓国も王の中で特に業績を挙げたものは『大王』(the Great)と呼ばれるのか?いつからこの称号を?」というのも気になったが、そこまで興味を広げたら収拾がつかん。
たしか、子供向け歴史漫画書では「世宗大王の治世中、死刑は執行されなかった」というから、人道的な配慮にも富んだ君主だったらしい。
この本だ

漫画版 世界の歴史 4 モンゴル帝国と世界の交流 (集英社文庫)

漫画版 世界の歴史 4 モンゴル帝国と世界の交流 (集英社文庫)


ドラマはDVDにもなっているが、スカパーCSのどこかでも放送されているらしい。しかし、そのためだけにチャンネル加入するのもなんだかね……これこそ、NHKで深夜とかに放送するべきものじゃないかい。
ハングルを創った国王・世宗大王の生涯

ハングルを創った国王・世宗大王の生涯

ハングルの誕生 音から文字を創る (平凡社新書 523)

ハングルの誕生 音から文字を創る (平凡社新書 523)