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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

地震(ちょっとプロレス)関連。リンクや紹介など

本日から計画的な計画停電だ。了解。
だからごく簡単に書いて(コピーして)PCを消しましょう。

計画停電リスト

http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/mai/keikakuteiden/
検索でこれが上位にあるということは、見やすいのかな?
 
 

司馬遼太郎が、1995年の阪神大震災で神戸の人を見て思った事

http://outdoor.geocities.jp/esnosent/fujin2.html

風塵抄〈2〉 (中公文庫)

風塵抄〈2〉 (中公文庫)

 神戸の人は、神戸が好きだった。
「・・・あまりに好きで」
 と、雑誌『神戸っ子』を編集している小泉美喜子さんが、いった。
「よそにお嫁に行っても、帰ってきます」
 このユーモアに、私は大笑いした。十数年前のことである。(略)
十年ほど前、神戸を知りたいと思い、陳舜臣さんに頼んで、じつに気分のいい集いにまじることができた。いまも終生の思い出になっている。(略)
全員が神戸が好きで、神戸という共和国がこの世にあるみたいだった。
 
 この大都市に、災害が襲った。
 私は、呆けたように、連日報道まみれの暮らしをした。
 感動しつづけたのは、ひとびとの表情だった。神戸だけでなく、西宮、芦屋など摂津の町々の人たちをふくめ、たれもが人間の尊厳をうしなっていなかった。
 暴動の気配もなく、罵る人もすくなく、扇動者も登場しなかった。たとえ登場しても、たれもが乗らなかったろう。
 
 ひとびとは、家族をうしない、家はなく、途方に暮れつつも、他者をいたわったり、避難所でたすけあったりしていた。わずかな救援に対して、全身で感謝している人が圧倒的に多かった。
神戸は、よき時代の神戸を、モノとしては多く失った。
 しかし、冒頭の小泉美喜子さんがいう神戸のユニークな市民の心は、この百難のなかで、かえって輝きを増したように思われた。神戸や阪神間北淡町の人達は、えらかった。
(1995〈平成7〉年1月30日 )

司馬はこの翌年、亡くなった。
 
 

2001年、911事件直後でも大会を行ったWWEの、ビンス・マクマホンの宣言

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20040912#p2
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20060913#p2
でも書いた、ふたたび「ひねリン」さんが紹介した文章を引用する。
(元はここ http://www.kansenki.net/report/01/0913wwf_hine.html )

ビンス・マクマホンはこう語った。

(前略)・・・今夜、アメリカの魂はここ、テキサス州ヒューストンに生きている!(大歓声)

このアリーナにいるみんな、世界中でテレビを観ている視聴者達のために、我々は、この火曜日のNYとDCでのテロ行為の被害者、被害者の家族友人達に、哀悼の念を捧げたい。

我々の国の指導者達は、我々に日常、アメリカの日常に戻れと言っている。我々の憲法で定められた権利を行使せよと言っている。そして私はこれが、あの火曜日の悲劇以来初めての、この規模での人々の集まりだと思う。大切なのは、われわれのこの集まりがテロリズムに送るメッセージだ。それは単純に『我々は、恐怖に怯えながら暮らしたりしない!』ということだ。

ヒューストンの人々は恐れない。

テキサスの人々は恐れない。

そして、アメリカ国民は恐れない。

我々は誇り高き国民だ。我々自身に、我々の国に、そしてアメリカ人であることを誇る(会場再び大「USA」コール)。

そして我々は闘う。

我々は我々の家族のために、

我々の権利のために、

そして我々のこの偉大な国のために。

アメリカの心は傷ついた。しかし我々の魂は輝く、ちょうど我々の自由の灯火が決して消えないように。ワールドレスリングフェデレーション(註:当時)は、このコンパックセンターに来てくれたあなた方一人一人に感謝する。ワールドレスリングフェデレーションは、これをテレビで観ているあなた方一人一人に感謝する。そして我々は、あなた方の前でパフォーマンスをできるという名誉と特権に対して感謝する。

WWEのPPVを観て、この宣言と大会の模様を翻訳・紹介した「ひねリン」さんは、90年代かゼロ年代に在米しネット上にこういうレポートを発表したほか格闘技・プロレス雑誌にも数多く寄稿した人。柔術大会出場・入賞経験のほか、MMAにも参戦した事がある。
http://hinerin.blogspot.com/
http://hinerins.blogspot.com/
http://www.kansenki.net/report/writer2000.html 
(※2004年までのリストあり)
 
 

この二人が紹介したことを記憶で

彼と彼女の本を探せば分かるのだが、その時間がないので記憶便りに。
 
町山智浩氏の著書から(記憶による要約)
・2001年の911事件から少し置いた、アメリカのお笑い番組(たぶんサタデーナイトライブ?)で、お悔やみの言葉を述べた後に
「では、笑ってよし!!」と宣言。
「オサマ・ビンラディンはどこにいる?」
「どこか人目につかない、誰もいない場所・・・わかった!マライア・キャリー主演の映画を上映している映画館だ!(当時、彼女の映画が公開され大ゴケしてたらしい)」
といった、911をネタにしたお笑いを展開したそうな。
※たぶんというか当然、2001年前後の氏の文章であり、その時期の著作を見れば出ているでしょう。


ナンシー関の著書から(記憶による要約)
明石家さんまオウム事件のあった1995年か、その翌年かは忘れたが、オウム教団の用語だか教祖の口調だかをギャグとして「笑っていいとも!」で使用、そして「そろそろセーフですよ」と会場に確認を求めるように。
ナンシー関は「さんまは芸人としての嗅覚で、そろそろこの重大事件ですらネタにできると踏んだのだなあ」と、その”見極め”を興味深く観察し、その記録をつづっていた。
まあ、逆に言うと「さんまほどの芸人でも、深刻な事件を笑いなどにするには『時期を見る』ことが必要だった」、という戒めにも取れるけどね。

※たぶんというか当然、故人の1995-96年前後のの文章であり、その時期の著作を見れば出ているでしょう。(大文字で「そろそろセーフですよ」と見出し的にせりふを紹介してたから、週刊朝日から出てるこのシリーズ。時期的にはこのへん)

聞いて極楽

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小耳にはさもう (朝日文庫)

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聞いて極楽 (朝日文庫)

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