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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

国際儀礼をめぐるポリティックス・・・オバマ大統領の「お辞儀」から

http://www.47news.jp/CN/200911/CN2009111601000125.html

オバマ氏の天皇にお辞儀は不適切 米保守派が批判


 【ワシントン共同】初訪日したオバマ米大統領が14日に皇居で天皇、皇后両陛下と面会した際、深々とお辞儀したことが「低姿勢過ぎる」と米ニュースサイトで物議を醸している。保守系FOXテレビは15日、外国の要人に頭を下げるのは「米国の大統領として不適切」と批判した。

 同テレビは、2007年2月に天皇陛下と面会したチェイニー副大統領(当時)は、握手だけでお辞儀はしなかったと比較。「オバマ氏は(お辞儀が)日本人受けすると考えたのだろう」と皮肉った。一部サイトは、オバマ氏が「ぺこぺこと頭を下げた」と非難した。

 政治専門サイト「ポリティコ」によると、米政府高官は、お辞儀は外交儀礼だとして「政治問題化するのは的外れもいいところ」と一蹴した。

 保守系メディアは今年4月にも、オバマ氏がサウジアラビアのアブドラ国王にお辞儀したとして問題視したことがある。


こちらにも記事。
http://sankei.jp.msn.com/world/america/091116/amr0911161004002-n1.htm

興味深い話題だなあ。さてこれに関係する話題、どこから紐解こうか。
やはりここからかな。
ウィキペディアの「ジョージ・マカートニー」

この人は世界史の教科書にも1行ぐらいは出てくるかな。自分の使ってた教科書では、イギリスがこの人を清国に送り、貿易拡大を求めたがうまくいかなかった…という解説だけだったが、実はこういうエピソードがあったのです。

・・・イギリスからでは初の使節ということで歓迎され、9月に熱河離宮で避暑滞在中の乾隆帝に謁見する。華夷秩序に基づく中華世界において、周辺諸国からの外交使節は「皇帝の徳」を慕っての朝貢使節と認識され、マカートニーは、朝貢使節が皇帝に対して行う中国式の儀礼である三跪九叩頭の礼(三回跪き、九回頭を地に擦りつける)をするよう要求される。彼はこれを拒否するが、最終的には清側が譲歩する形でイギリス流に膝を屈して乾隆帝の手に接吻することで落ち着いた。だが貿易改善交渉、条約締結は拒絶され

乾隆帝は創業以来、驚くほどの賢帝・名君が続いた清帝国の最後を飾る賢帝。(4人ぐらい続いたんだっけかな。というか、この人が晩年にちょいと暗愚化した)チベット・モンゴルの一部を勢力下に組み入れたから、ある意味現在の中国の”国土”はこの人の遺産でもある。
まあ乾隆帝のことはどうでもよろし。
というか固有名詞はどうでもいいねん。
どの国にも、いい悪いは置いといて貴人階級というのが当時や今もいる、いた。その人たちに敬意を示す儀礼というのもどの国にもある。だが、人が人に敬意を示すというのは一種の「へりくだり」が必要となる。
この場合、特に同一文化圏でも微妙なことに得てしてなりがちなのに、文化コードの根本がおおきく異なる場合は、「こんな儀礼もわきまえないとは野蛮人め!」「こんな屈辱的な行為を強いるとは野蛮人め!!」てな食い違いだって起きるわな、ということです。


みなもと太郎は「風雲児たち」の中で上の「三跪九叩頭」を「マージャンの役みたいな礼法」といっている(笑)

・・・と、他国を笑っている場合じゃあないです。
同「風雲児たち」は誇張とギャグが多いのでそうそう単独で引用するのもアレなのだが、江戸時代に日露の通商を求めたレザノフも、日本に来た際にロシアの礼法である挙手の礼で敬意を表そうとしたところ、日本の礼法に基づき長崎奉行(遠山の金さんのお父上)に対して”土下座”を強要させられ、レザノフ事件の遠因となった・・・という書き方をしている。

長崎奉行所での三度にわたる会談の模様についてもレザーノフはこの日記に克明に書き記している。通商を拒否され、さらにもう二度と来航しないように言い渡され、またロシアから持参した皇帝からの献上品もほとんど受け取らないという、レザーノフにとっては屈辱的な結果となるのだが、

・・・この本に記述があるかな?

日本滞在日記―1804‐1805 (岩波文庫)

日本滞在日記―1804‐1805 (岩波文庫)

幕末においても、結局のところ将軍家その他においては土下座がスタンダードな礼法なわけだが、まああれこれやっていくと折り合いがつくわけですね。ある意味では「異文化の礼法ギャップが生んだ悲劇」と考えることもできる「生麦事件」でも、実は大名行列を無視して斬殺されたイギリス人のほかに、ちゃんと下馬して無事だった外国人もいたのだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E9%BA%A6%E4%BA%8B%E4%BB%B6

・・・事件が起こる前に島津の行列に遭遇したアメリカ人商人のユージン・ヴァン・リードは、すぐさま下馬した上で馬を道端に寄せて行列を乱さない様に道を譲り、脱帽して行列に礼を示しており、薩摩藩士側も外国人が行列に対して敬意を示していると了解し、特に問題も起こらなかったという[10]。ヴァン・リードは日本の文化を熟知しており、大名行列を乱す行為がいかに無礼な事であるか、礼を失すればどういう事になるかを理解しており、「彼らは傲慢にふるまった。自らまねいた災難である」とイギリス人4名を非難する意見を述べている

ただしマナーとか儀礼というのはそもそも、突き詰めて、論理的に「XXXが正しいのである」と決定するものではないのである。だから今回のような齟齬もある。


さらにいうとどっちに従うのか?って話もある。上のマカートニー騒動、田中芳樹などは「一国が定めた正式な礼法に、自分からやってきて通商を求める側がそれをいやだと拒絶するのはイギリスのわがままもいいところ」という評価をしている。上の生麦事件も、最終的には日本側が賠償金を支払ったが、「大名行列冒とく罪」という罪の現行犯によって断罪されたと考え、「行列の邪魔をしない」というのが礼法だと考えれば日本側、薩摩側には落ち度は無い、と考えることもできるだろう。


「文明のスタンダードからはずれた、常識外の屈辱的なローカルマナーを押し付けて振る舞う野蛮」か
西洋文化がスタンダードだと思い込み、他の国の文化を遅れていると決め付ける傲慢」か。


さて、時はぐっと下って、橋本龍太郎政権時代。
橋本総理が韓国を訪問したとき、金泳三に「臣下の礼」を取ったと国会などで話題になった。
話題にしたのはこの前の選挙で落選した西村真悟議員。
この資料が今、だいぶ検索したが国会質問などダイレクトな資料は見つからなかった(どうもあそこの検索システムはショボくて複雑だ)ので、相当文章は感情的だが、写真つきのこれを紹介しよう。
http://www.tamanegiya.com/hasimototoaniki.html

この、ひじにもう片方の手を添えるのは目下がやることだそうです。
これを国会で言われた橋本総理は「私のほうが年下だから」と答弁したが「国と国の関係では、年齢に関係なくその代表者は対等。意識的にでも対等に振る舞うべきであり、年下だから目下の礼をした、では済まない」という追及があったそうである。
(※国会の検索システムを使いこなせば、原文が見られるかも。私は失敗)

http://kokkai.ndl.go.jp/

【付記】コメント欄で、探してくれた方がいた。

えいじ 『国会会議録検索は優秀だと前から思っていたので「ショボくて複雑」という評価にハップンしてやってみました。
平成で幅を多めに取って発言者を「西村眞悟」、検索語を「橋本」「韓国」にしたら一発で出ました。
回次:140 院名:衆議院 会議名:予算委員会 号数:5号 開会日付:平成09年02月03日、発言番号は139番です。』(2009/11/17 23:05)


これの扱いとして相当合理的なのは「郷に入らば」理論で、その場所が日本なら日本の、アメリカならアメリカのマナーを踏襲すればよく・・その点でいえば今回のオバマ大統領の、今上天皇への一礼は問題ないことになるかもしれないし、金泳三に対する橋本の酌もしかり。だが、上の「国と国は代表者は常に対等」というのも相応の論理性はあり、だからややこしくなる。

ちなみに、韓国と日本のマナーの違い、といえば美味しんぼにそんな一編があった(「韓国では無礼とされる目下のものがタバコを吸う、酒を飲むなどに怒る」という話)けど、上の理論に従えば場所はあくまでも日本なのだから、ちょっと理由付けはしてあるんだけど、韓国の社長が韓国の感覚で、目下の喫煙や飲酒に怒るというのは筋が違う、つーかあっちが狭量なのだといわれても仕方ない(笑)。


まあ要は、今回の「オバマのお辞儀」は、もともと外交という異文化の交わる場所においては常に存在し得る、やむを得ざる矛盾であって擁護する側にも批判する側にも相応の理屈があり、だからこそ興味深いというのが私なりの結論でした。


最後にひとつ、うろ覚えで書く。
昭和天皇が戦後間もなく、たぶん巡幸中のことだと思うがーーーー。戦後的雰囲気の中で、「天皇なにするものぞ」という感じでツッパッたある人(労働運動家だったか学生だったか?)が、昭和天皇に、意識的に「握手」を求めた。
昭和天皇は少し考えたのち「日本風にやりましょう」と軽くソフト帽を持ち上げ、会釈したという。
多少問題になりつつ、これといった大きな騒ぎにはならなかった。
たぶん、この本に収録されている「不敬列伝」のエピソードだと思うんだがなぁ。奥崎謙三のことも出ていたりする。

人の砂漠 (新潮文庫)

人の砂漠 (新潮文庫)


今回、アメリカ保守派は「天皇には握手をすれば十分で、お辞儀は過剰だ」というたが、じゃあ園遊会天皇に頭を下げず、握手を求める人はいるか。どうでしょう。


実は、「日本人では天皇には握手はできない。これはやはり文化というものが・・・」と書こうと思ったが、最近は違うみたいなのね。
天皇 握手 などで検索していたら
http://mamo.huu.cc/bd20609.htm
http://mamo.huu.cc/bd41101_.htm
といった話がありました。


【補足】思い出したので追加。
州知事から一足跳びに大統領になって、外交経験不足が懸念されたジミー・カーター米大統領は、英国を訪問したときエリザベス女王の頬にキスをしてあいさつした。
よく知らんけど、英国の流儀ではどうも女王のほっぺにキス、というのはやりすぎの儀礼に入るらしく、多少、カーターの評判はイギリスでは落ちちゃったらしい。