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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

映画「トキワ荘の青春」と寺田ヒロオと青春の明暗

日本映画チャンネル「トキワ荘の青春」を流し見した。前評判どおりえらく暗いトーンで、また本木雅弘演じる寺田ヒロオは社会人野球のピッチャーも務めたという明朗なスポーツマンの面影や「まんが道」のパブリックイメージを感じさせないものあったが、逆にいうと、案外これも真実の一端かな、という気はした。
もともと「まんが道」は少年向けだし、それを青年誌で連載再開した「愛…知りそめし頃に…」だって、やっぱり漫画的に脱臭や再構成は当然してある。そうするべきだろう。


唐沢なをきのパロディ漫画に「まんが極道」「漫画家超残酷物語」というのがある。題名からして名作のパロだが。
この「超残酷ー」に、トキワ荘をパロディにした一編があって、これは一人に連載の仕事が入ると「にくいにくいにくうぃっ!」とみんなでじたばたし合い、そのチャンスを得た人は「うわーははははうわーははははは」と笑いをこらえきれない。そしてみんなで足を引っ張り合う…という(笑)
いや、これはパロディだけどさ(笑)、個性も理想もあって、みな世に出ようと一生懸命だったかの荘が、そういう競争心や嫉妬心と無縁であったはずはない。碁や将棋の奨励会同期、プロ野球の同期もそれに近いだろう。

そしてそこでの寺田ヒロオ

「愛…」の三巻や藤子自伝にもよく引用されている、寺田ヒロオが上京前の藤子コンビに出した手紙があるのだが(映画では一緒に雑魚寝しながら同内容の話をするというふうに脚色された)
「食費は僕は月XX円、二人で二倍になるわけじゃないからXX円でしょう。馬鹿にならないのは事前の調理用具をそろえる費用で最低XX円。それからXXとXXが必要で…」とか、普通のノウハウ本以上に分かりやすく書いている(東京の当時の生活がよく分かる貴重な資料だ)。「石鹸でいいからあいさつ回りをすること」という項目には「ぼくのところには特に念入りに。エヘン」というユーモラスな記述も忘れていない。
こういう才能と、それ以上に仲間の世話を焼くこの親切な気質は、人情濃かった昭和三十年代とはいえやっぱりまれだろう。


しかし。
彼は漫画家としても、作品がテレビドラマ化されたり、野球の試合で「アナウンス」を盛り込んだり、異形のキャラクターが手続きをすっとばして、実力を認められてプロ野球の世界に加わり、実在の人物と一緒に活躍するといった新機軸を打ち出すなど、漫画史に確かな爪あとを残しながらもフェードアウトしていく。

このへんの記述は例によってウィキペや、藤子氏のエッセイなどによる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BA%E7%94%B0%E3%83%92%E3%83%AD%E3%82%AA

それによれば寺田ヒロオが漫画の一線から退いたのは、「少年漫画は健全明朗であるべきだ」というスタンスを絶対に譲らず、そういう風潮の雑誌には自ら距離を置いていったがゆえにだという。
日本の漫画界が、「健全明朗」以外に踏み込んでいったからこそ、今大いなる遺産が残っているのだし、われわれはこんな豊かな漫画文化を享受できていない。彼が正しかったかどうかは、事実をもって決着がついているといっていいだろう。

だが、彼は自らの信念に準じた。それも壮絶に。

上のリンクより

……他界する2年前に、突然トキワ荘の仲間(藤子不二雄A藤子・F・不二雄石ノ森章太郎赤塚不二夫鈴木伸一)を自宅に呼んで宴会をし、終了後、去ってゆく仲間たちにいつまでも手を振り続け「もう思い残すことは無い」と家族に話していたという。
次の日、藤子Aはお礼をしようと寺田宅に電話をかけたが、寺田は会話を拒否、奥方を通じて一切世俗とは関わらないという旨を伝えた。

最後の名残りにトキワ荘の仲間と飲み明かすことを選ぶということは、やはり新漫画党の仲間とのつながりと友情は一通りのものではなかったことを思わせるが、その後電話にも出ず「一切の世俗との交わりを断つ」というのは、こちらもなまなかな覚悟でできるものではないだろう。


私はこの話を聞き、中国史の中で異民族の王朝や、正統の系譜から簒奪した皇帝に仕えることを拒否し野に居続けた儒者の系譜を思い出した。そういう儒者にも友人はいて、同じく学で身を修めたからその友人は王朝に仕えて位人臣を極めている、ということもままある。
このとき、野にいる儒者はその権力者の友人といかに個人的には親しくても、野にいること自体が実は痛烈な彼への批判となっているのだ。
寺田ヒロオが、明朗健全な路線から離れ、殺伐としたものを描く少年漫画の状況を批判してフェードアウトし、のちに社会とのかかわりを断ったとしたらばだ、最後に彼らと楽しく飲んで、いつまでも手を振りながらも究極的には「君たちのいる今の漫画界を、今の漫画界で活躍する君たちを、僕は認めないよ」と言っているのと同様なのではないだろうか(あくまでも根本の根本部分では、という意味ですよ)。
もちろんその後、漫画やアニメ界で活躍し続けた彼らには彼らの信念も自信もあるだろう、いまだに続くテラさんへの敬愛とは別に、そこは譲れなくても仕方ないし、譲れないからこそ尊いのだ。

http://d.hatena.ne.jp/koikesan/20090311

…3月10日は、藤子不二雄A先生のお誕生日でした。75歳になられました。(略)
 お誕生日の前日にあたる9日(月)に、藤子不二雄ファンサークル「ネオ・ユートピア」の主催で藤子A先生のお誕生日を祝う会が催されました。
(略)
1時間以上、A先生の楽しいお話を聞かせていただきました。
テラさん(寺田ヒロオ先生)の偉大さを熱っぽく語っておられたのがとても印象的……


かくして手塚治虫から始まるトキワ荘の伝説は、そのリーダーと彼を慕った漫画のレジェンドたちとの、友情とともに最後には相容れなかったが故の別れを生んで幕を閉じた。

だからこそ、この伝説は悲しくも美しい。



映画「トキワ荘の青春」は今月、CSであと二回放送される。

http://www.nihon-eiga.com/prog/000080_000.html

トキワ荘の青春」(市川準監督・本木雅弘主演)


2009年03月23日(月) 25:00

2009年03月28日(土) 08:00

トキワ荘実録―手塚治虫と漫画家たちの青春 (小学館文庫)

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わが青春のトキワ荘 [VHS]

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