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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

緒形拳を見出した男−−吉田直哉「映像とは何だろうか」より。

緒形拳が亡くなったとき、多くの追悼番組で大河ドラマ太閤記」の映像が流れていた。
このドラマを演出したのが、9月30日に亡くなった吉田直哉氏。
私は、吉田氏の逝去に緒形氏以上の衝撃を受けたという話を前にしたけど、吉田氏は「映像とはなんだろうか」という本で、緒形氏のキャスティング秘話を書いている。

氏は、NHKのドキュメンタリー作家として社会に大反虚を呼ぶような作品をすでに20代にして何本も造っていたが、ある作品が、出演者のその後の人生を不幸に変えるような事件が有り(彼が悪いのではないのだが)、それに責任を感じドラマ部門への異動を願い出る。

そこでまだ生まれたばかりの「大河ドラマ」の演出を命じられた。
今でこそ定番、NHKの顔のドラマだがこれはまだ三作目。実を言うと、その前作が「忠臣蔵」で、この最終兵器を出したら後はもうないんじゃないか、じゃあ思い切って変化球を投げようか。ついでに、失敗だったら放送枠ごと打ち切るか・・・というような意識で上層部は吉田を抜擢したんだそうだ(笑)。
上は気楽だろうが、吉田は「いよいよ責任重大」と気が重くなったという。

おまけに前作は当時の一大オールスターだったが、経費がかかり、札束番組との批判も浴びたので、金をかけないこともひとつの条件だった。


そこで吉田は、新人大抜擢のオペレーションを展開する。しかし、秀吉役の選考は難航する。

ここから、引用しよう。

・・・(秀吉役に)めぐりあえないのは理由があった。笑顔にこだわっているからである。
はじめは原作でかなりウェートをおかれている「サル」にこだわっていたのだ。そのイメージの強い人をさがそうとしたのだが、やがてそれは些細なことだと気づいたのである。何より笑顔だ。「心攻め」(※秀吉の”人たらし”のこと)のできる笑顔の持ち主を探さねばならない。
思いあぐねて、(略)安藤鶴夫氏に相談に行ったのである。落語の世界でも芝居でもいい、だれか素晴らしい笑顔の若い方をご存知ありませんか、と(略)。


名前は知らないんだけど、新国劇の若手に一人、代わった顔のがいたなあ、笑顔もいいしサルに似ていなくもなかった。ボクシングの四回戦ボーイの役をやったのを見たんだがーーと、じつに耳寄りな情報をくださったのである。早速調べると緒形拳という若手で、そのとき京都で舞台に出ていることがわかった。スタッフの広江均君がすぐにとんで行った。


NHKから人が来て、小さな写真機を構えて、笑ってくださいって言う。理由を聞いたけど言わないから押し問答をしているうち、おかしくなって笑ったら、何枚も撮られた」

と、彼はあとで当然の苦情を言っていたが、その写真を見て私はこれだ!と思ったのである。そして実際に会ってさらに、これだ!と思い、アンツル先生にお礼の電話をかけたのであった。


ちなみにこの時の配役は
織田信長高橋幸治
ねね−藤村志保
明智光秀佐藤慶
石田三成石坂浩二


で、いずれも新人か、ベテランでもスターというわけではなかったが、なんだこりゃ、この選球眼は、というぐらい、みな当たりに当たった。繰り替えすが、吉田氏はまだドラマ演出は素人同然で、基はドキュメンタリー班の人です。

高橋はまだ極まるかどうか分からない段階で、NHKのえらいさんに一応あいさつを、と吉田氏が配慮すると、その席上でいきなり「信長です。よろしくおねがいします」
その迫力に気おされて、そのまま役が決まったという。


石坂浩二は当時、学生俳優で、そこが内部で問題になった。すると彼はそれを察し、先回りして「ドラマ出演で出席日数が足りなくなっても、決してこの番組のせんではありません」という念書を持ってきた。この機転と気の回り方は「すでにして三成であった」と吉田氏は回想している。


この作品で吉田氏はさまざまな斬新なる演出に挑戦。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E7%9B%B4%E5%93%89
によると

大河ドラマ太閤記』の冒頭シーンで新幹線の走るシーンを放送したところ送出担当の技術職員たちがミスではないかと一時騒然となったが、やがて『太閤記』であることがわかりホッとしたという。そのとき、「鬼面人を驚かす演出の場合送出に一方あるべし」という通達が出たという。

とか。
別に筒井康隆ヤマザキ」をドラマ化したわけではない(笑)


また、視聴者から「本能寺で信長さまを殺さないで!」という嘆願があり、それも次第に脅迫的になってきた。さすがに殺さないわけにはいかなかったが本能寺の回は2か月延期、残り10回のところまでひっぱったという。次の「源義経」でも「平敦盛さまを殺さないで!」という嘆願が殺到、さすがにそれも無理なのでついに最期のシーンが放送されると、カミソリを仕込んだ封筒が殺到したとのこと。
ドラマのヒーローへの熱狂のはしりでしょうか。
ちなみに、そういう熱狂、加熱ぶりを目の当たりにして、「俳優とその役は、別物なんだよ」ということをアピールするために、太閤記の主役緒形拳は、次のドラマでも重要な「弁慶」の役をもらったというから、何が幸いするかわからないものです。


この本、

映像とは何だろうか ― テレビ制作者の挑戦 (岩波新書)

映像とは何だろうか ― テレビ制作者の挑戦 (岩波新書)

からいまはUP TO DATE な話題として緒形拳さんの話を抜き出したが、実はこれ以上に面白い逸話が山ほどある。あとでさらに紹介したいと思っています