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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

モサド長官が書く「中東スーパースター列伝」

同じように本日の毎日新聞書評欄から。山内先生の文章だ。本の内容も紹介もあまりに素晴らしすぎる。
新聞社サイトの記事が数ヶ月後に消えることを惜しむ。

今週の本棚:山内昌之・評
 ◇『モサド前長官の証言「暗闇に身をおいて」−−中東現代史を変えた驚愕のインテリジェンス戦争』 (光文社・1890円)

 ◇イスラエル、アラブ首脳の人物像を公平に


 モサドとはイスラエルの諜報(ちょうほう)特務機関である。モサドといえば、「誘拐、暗殺、破壊工作などを展開する秘密工作機関」という印象が強く、世界最強の陰謀組織と考える人も多い。しかし、モサド勤務を二十八年半も続け、四年半にわたってモサド長官を務めたエフライム・ハレヴィの回顧録を読めば、外交官以上に冷静さが目立ち…(略)。

 まず何よりも自他の活動について公平な筆致に好感がもてる。サッダーム・フセインが過激なイランのシーア派からアラブ世界や西欧社会を守ったのに、アラブを「破滅から救った英雄」に対して債務の免除を認めなかったクウェートこそ「恩知らず」だったと手厳しい。また、フセイン国王は湾岸危機が起きた時点で、イスラエルパレスチナに歩み寄らないとパレスチナ民族運動が自壊を始め、中東全体が大混乱に陥ると警告していた。
(略)。

 イスラエル首脳間の葛藤(かっとう)の具体的な描写こそ、本書の圧巻といってよい。労働党ラビン首相とペレス外相は折り合いが悪かった。揺るぎない自信と情報分析能力をもつラビンは、安全保障上の利益に厳格であり、この点をなおざりにパレスチナと交渉する危険を理解していた。他方、ペレスは大衆の人気を集めることが大事で、警戒や熟慮といった要素を忘れがちであった。ペレスが秘密の人脈を使って既成事実を重ねていく手際に、経験豊富なラビンでも太刀打ちできなかった。専門家の声を無視したオスロ合意は、ラビンによれば「一片のチーズのように、穴だらけでほとんど中身のないもの」だったというのだ。果たして、オスロ合意の実現は暗礁に乗り上げていく。

 著者が仕えた首相では、リクードシャミルが慎重で功を焦らず大衆に迎合しようともせず、自慢やうぬぼれと無縁の人だったと好意的である。著者が機密保持にずさんなペレスを嫌いなのは理解できるが、ネタニヤフの聡明さを評価するのは意外なほどだ。ネタニヤフのメディア利用術、複雑な情勢を瞬時に解析する能力は秀でており、作戦失敗を含めて自ら責任をとるタイプだというのだ


 クリントンと和平を進めたバラクは「指折りの天才」であったが、周囲の人間には疑い深くなり、部下とも距離をおいて接していた。シャロンは、「経験豊富で老練な実務家」であり、「あちこちに潜む危険をほとんど知りつくしていた」と評価は高い。アラブの指導者では、フセイン国王がいちばん高く、まるで上司のような尊敬心を払っている。他方、アラファトへの評価は最悪である。アラブ首脳間でもその嘘(うそ)や金への執着は嫌われており、その非凡な才能は「いともたやすく巨額の資金を集められる」ことだけにあったと痛烈きわまりない

 著者は、アルカイダのような国際テロ組織を絶滅させるために、共通の目標と利益が確認できるなら、ハマスヒズボラとも協力できると語る。これは「空想」でなく、現代の中東では「想像可能な範囲」の選択肢はかつてないほど拡大しているからだという。諜報の凄(すご)みだけでなく、究極の政治リアリズムの哲学と実践を学ぶ上でも最適の書物といってよい。(河野純治・訳)

毎日新聞 2008年2月24日 東京朝刊

同じような、政治家に近く接する官僚による人物月旦としては

がある。こやつも一応内閣調査室長だったか。

また

官かくあるべし―7人の首相に仕えて (小学館文庫)

官かくあるべし―7人の首相に仕えて (小学館文庫)

という本もある。