INVISIBLE D. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

アメリカ先住民「独立宣言」す。勇者の一族・ラコタの民

http://www.afpbb.com/article/politics/2328199/2469480

12月20日 AFP】(一部修正)「シッティング・ブル(Sitting Bull)」や「クレージー・ホース(Crazy Horse)」などの伝説的戦士を生んだ北米先住民族ラコタ族(Lakota Indians)の団体が、米国からの「独立」を宣言した。

 ラコタ族の代表らは19日、ワシントンD.C.(Washington D.C.)郊外の荒廃した地区にある教会で記者会見を開き、「米国政府と締結した諸条約から離脱する」と発表。北米先住民族の運動で知られるベテラン活動家ラッセル・ミーンズ(Russell Means)氏が「われわれはもはや米国市民ではない。該当5州に住む者は皆、われわれに加わるのは自由だ」と述べた。会見場には少数の報道陣のほか、ボリビア大使館の代表も集まった。


■「ラコタ国」、先住民の多い国に外交活動

 ラコタ族の代表団は17日、米国務省に声明を届け、祖先が米国政府と締結した条約から一方的に離脱すると宣言。条約の中には150年以上前にさかのぼるものもある。

 さらに代表団はボリビア、チリ、南アフリカベネズエラの各大使館を訪問。記者会見では今後も「外交活動」を継続し、数週間から数か月のうちに海外訪問も行うと発表した


いい話だー。
まあいろんなところでいろんな民族や団体が既に「独立宣言」をいろんな所でパフォーマンス的にしている。それのどれが深刻で、どれがジョークなのかというと色々有るだろうが、パフォーマンスにしてもそれをせざるを得ない状況というのもあるんだろう。


数年前だか十年前だか…月刊現代か月刊宝石かで、ハワイ王朝の末裔を名乗る人がハワイの独立宣言をしていたこともある(マジ)。


日本だってアイヌ琉球で抗議の意味を込めた「独立運動」がありえるというか、実際あるといえばあるし。

みながそれなりに豊かに暮らす先進国ならこの手のがジョークかというと

ベルギー(まさに今大混乱中。極端にいえば「政権が無い」状態)
イタリア(北イタリア分離を目指す北部同盟ロンバルディア同盟)は10年ほど前それなりの勢力で、一度独立宣言を行ったことも)
イギリス(スコットランド独立党は大勢力。ブレアは大幅自治を認める譲歩)
カナダ(ケベック州独立は実際に複数住民投票され、大接戦だったことも)

だものね。上のは記憶でざっと書いたので、違ってたら教えて。


そしてまあ、ネイティブアメリカンの独立はかなり正統性、正当性があるいうか、あの国のリベラル知識人なんか突っ込まれたら反対とはいえないかも。
敢えてインディアンという言葉を使うと、
それを主人公にすえ、民族の哀しみや復讐とは何か?も描きつつ、娯楽作として完成させた大活劇

Red 17 (アッパーズKC)

Red 17 (アッパーズKC)

もこの機会に読み直してもらいたいところ。


そういえば町山智浩氏はかつて著作や対談で
ナバホ族の治めている地域は自治権があるとか、そういうレベルではない。
合衆国と協定を結んだ、ちゃんとした「独立国」なのだ、と力説していたな。このへん詳しく調べたかったのだが。他のインディアン自治区とどう違うのか。

いまやMMAアメリカで解禁の流れだろうけど、90年代はインディアン自治区(のカジノ)での開催がもっぱら。あの時代は、合衆国のコミッション規定を中に入れさせない、彼らの「砦」があったからこそ開催できた。


勇者の歴史が、勇者の闘いを守ったのだ。

ところでラコタ族の勇者について

インディアンの勇者というのは、西部劇の悪役扱いのころよりはマシではあるんでしょうけど、外国人が日本のサムライを見るのにも似て「我々にはうかがい知れない深い精神性」や「死を恐れぬ蛮勇」「嘘をつかない素朴さ」…など好意的であっても神秘性を強調するような見方がある(オリエンタリズムってやつですかね)

しかし、実際のところたぐい稀なる軍事指導者でもあったわけですよね。
今年テーマにしたくて、実際に手をつけられなかったことのひとつに
「東対西−−ヨーロッパ人の侵略に、各国はどう闘ったのか?そして(部分的にでも)勝っているんでは?」
ということがあります。日露戦争が「非白人の勝利」として位置づけられたのは事実でしょうけど、それは唯一、初のものなのか、先行事例はどうなのか…そういうことを調べたかったんですよね。
逆に非白人側が侵略した事例も含めて(笑)
映画「300」も「アジアvsヨーロッパ」と無理に言えば、いえないことも無くも無くは無い。

といいつつ、有名なラコタ族ですらここに頼りっきりで前途多難だ。
ウィキペディアの「クレイジー・ホース」
ウィキペディアの「シッティング・ブル」


軍事的な事歴だけじゃなく、人間性やエピソードもよく分かるなあ。当たり前だが狭いラコタ族内部でも恋あり成長あり、悩みあり権力闘争ありだ。



そして今知ったんだが、なるほどこういうものをひとくくりの「インディアン戦争」と考える見方もあるんだね。つまり私も、こういうことを検証してみたいのだ。

ウィキペディアの「インディアン戦争」


前述の村枝賢一「RED」は私がご贔屓の「実在の人物と虚実入り乱れたフィクション」で、同戦争の中での重要人物であるカスター(過去の回想の中に登場)や、老いたジェロニモなどが登場している。

西部劇が「実は騎兵隊のほうが悪い奴じゃ?」と転換したのは60年代、70年代ぐらいでしょうけど永井豪は「デビルマン」の1エピソードとしていち早くそういう視点の作品を描いているね。