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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

「憲政の常道」論

テロ対策特措法をめぐって政局・秋の陣は緊迫しているようだが、おおやにきで

http://www.axis-cafe.net/weblog/t-ohya/archives/000448.html

……これ国会運営どうするのかなあという話である。もともと日本の国会制度は運営に関するルール的な規律を欠いているところがあり、同じ大陸型の議院内閣制であるフランスやドイツと違って行政府(内閣)が議事運営に関与する仕組みを欠いている、とは大山礼子先生のつとに指摘するところである。かわりに議院運営委員会与野党のコンセンサスを重視して調整してきたわけだが、衆参両院でイニシアティブを持つ政党が異なるということになると、これはいったいどうすればいいのか。「保革共存政権」もフランスやアメリカのようにその事態を予定し、トラブルになった場合にどちらがどのような権限を持っているのかを規定してある国ならまだなんとかなるのかもしれないが、たとえば……


という指摘がなされている。
けっこう経済小説なんかで、また一昨年のライブドア村上ファンドのような実社会でも「実は商法には…という抜け穴がある!その隙をついて」みたいな展開があるが、国会運営もけっこうつついていけば穴が見つかる部分もあるようです。


それを埋めるのが「憲政の常道」ってやつなんでしょうけど、前からしつこく気になっているのだが、ある意味一番重要な部分が明文規定ではなくそういう慣習に従っているというのは不思議な話だ。まあもともと議会というのが(本場イギリスでは)慣習の中から生まれているんだし、あと「与野党に分かれていても、選ばれた議員諸君は愛国心にあふれたジェントルマン。ここで話し合えばいい結論が出るに決まっている」というタテマエに満ちた(笑)考え方もえるんでしょうな。

ただ、戦前日本で大いに道を誤らせたものに現役武官が陸軍大臣海軍大臣を務めるという制度があるが、これは(憲政の常道とはまた違うが)

http://oshiete1.goo.ne.jp/qa1090125.html

……明治33年(1900年)には、多くの法律の改正が行われたが、4月には、各省官制通則も勅令で行われた。この翌月の5月、陸海軍省官制の定員表の備考に『大臣及び次官に任じられるものは現役将官とす』と注記が書き添えてあった。

 こんな定員表の注記が、陸海軍大臣の現役武官制の基になったのである。もちろん、こんな抹消的なことは誰も注意を払う訳がない。それは、憲法でない事はもちろん、普通の意味での法律ですらない。議会が関心を持つこともなく、勅令によって公布されただけで、いわば官庁の内規みたいなものである。だが、この定員表に付けられた注記という些事が、合法的な立憲制の内閣を自由に潰せる凶器となりうることが、わずか12年後に証明されたのである。


一緒に並べるのもアレだが前書いた文章を。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20051012#p4

・・・そういえば「銀河英雄伝説」(またこれの引用かよ)でルドルフ・フォン・ゴールデンバウムが決定的に独裁者となるのは、慣習的に兼任がありえなかった二つの役職をルドルフが兼ねたときに始まるんだっけ。


憲政の常道」というものの存在は個人的には民俗学ふうに楽しめるけど、明文なきところでこんなに大きな意味を持っていると、何となく手すりなしの細い橋を渡っているような不安というのを感じる部分もあるのです。


これまで書いた「憲政の常道」エントリ
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/searchdiary?word=%b7%fb%c0%af%a4%ce%be%ef%c6%bb