昨日、「後で触れておこうか、そのメモ代わりに」と「シーランド公国」の一言を書いておいたら、そのキーワードで多数の来訪者がいた。こんなに興味を持ってる人がいるとはね。
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「世界最小の国」売却へ・英国沖のシーランド公国
【ロンドン=横田一成】「シーランド公国を買いませんか」――。8日付の英紙タイムズは英国の東岸沖11キロの海上要塞(ようさい)跡を占拠して1967年に独立を宣言した「シーランド公国」のベーツ家が売却先を探していると報じた。公国は2本のコンクリート柱の上に約550平方メートルの甲板が乗っているもので、「世界最小の国」と自称している。海上要塞は第2次大戦中に建設されたが、元英陸軍少佐のパディ・ロイ・ベーツ氏が67年に家族とともに移住、自ら「ベーツ公」を名乗った。英海軍が翌年、退去させようとしたが、銃撃を受けて断念した。その後、英裁判所は領海外であることから政府は関与できないと判断した。
シーランドは独自通貨や国旗・国歌を制定、パスポートも発行し、船かヘリコプターで英本土と往復できるという。売却についてベーツ公の息子のマイケル王子は「父も85歳になったし、新たな血を入れる時がきた」と説明している。(13:30)
みんな、最近この「国」を知った人が多いのかな?
私はかなり前から、奇妙でこっけいで、でも考えさせられるエピソードとしてこの話を知っていた。
時々、メディアにもとり上げられることもあり例えば2002年、共同通信が配信し各地の地方紙などに掲載された「住めばみやこ物語」という記事がある。
写すのも結構しんどいが、今回の記事であまり触れてない部分を中心に引用しよう。
・・・この奇妙な建造物は、第二次大戦中のドイツ軍機の攻撃に備え、英軍が海上に設けた対空砲火陣地だった。軍事用なので味も素っ気もないが、造りは強固で、鋼鈑上にある建物の屋根を利用したヘリポートは今でも発着に使われている。
1966年にこの施設にロイ・ベイツ元英陸軍少佐が勝手に移り住み、翌年「シーランド公国」の独立を宣言した。家族で「世襲王室」を構成、ロイ自らが大公、妻のジョアンを大公妃に。憲法、国旗、旅券、切手まで作った。貨幣も発行している。一シーランドドルが1米ドル。思わず笑ってしまう単純さだ。
「当時はまだ十代。もう35年も昔のことさ。寄宿学校をやめて手伝ってくれとおやじに言われ、すぐ来て王子になった。勉強は面白くなかったからね」。息子のマイケルはガハハハと豪快に笑い飛ばした。(略)
終戦時の英国領海は3カイリで、軍が放棄した陣地は沖合7カイリの公海上。
ロイ・ベイツはこれを独立国の成立根拠にした。
英政府は不意打ちを食らって驚いた。独立の数カ月後に海軍をすぐ近くに派遣、シーランド側は警告射撃で応えた。裁判にも訴えたが、「英国法の及ぶ領土外」と門前払いに遭った。
87年に旧陣地を含む12カイリまで英領海を広げたが、英国としても既得権を無視してシーランドに手を出しにくい。独立は認めないが、あえて事を荒立てない、と静観する構えだ。
(略)七八年にオランダとドイツのグループがシーランドを襲って占拠、マイケルを人質にする事件もあった。奪還作戦に成功し、犯人を戦争捕虜にした。シーランドには、そのときに使った監獄が今も残っている。
(略)
ここで実際に暮らすのは、仕事量に応じて4人から20人。軍人あがりのアラン・ビール警護隊長が海上に怪しい船や動きがないかどうか調べる。朝晩は3台の発電機を細かく見る。(略) 仕事の合間に取る食事は簡単になりがちで、働き手の一人が「食事の質がね」と、昨夏の繁忙時だけ雇ったコックの味を懐かしむ。 「レストランが欲しい?随分と生活は便利になったんだよ。昔は雨水利用だった。期待水準をあまり高く持たないでくれよ」。マイケルは苦笑した。
ほぼ1年中とどまった父君に比べ、マイケル王子の最長滞在記録は三カ月だ。英国との二重国籍で、行ったり来たりの生活なのだ。
国の維持にはお金がかかる。ウインチで海面からつり上げられる入国手段では観光客が増えないし、石油も出ない。この時代、侵入者を許さぬ安全性を武器に、インターネット企業に場所貸しをすることにした。
カリブ海の英領アンギラに本拠を置くヘイブンコー社が名乗りを上げ、昨年7月から共同サーバーコンピューターのスペース貸し出しサービスを始めた。同社のライアン・ラッケイ技術担当最高責任者がシーランドに住み込んで、機械を操る。「欧米、カリブ海諸国、香港などのネットギャンブル、金融情報のデータ業者が契約し、商売は順調だ」。検閲なしといっても、人を不快にさせる幼児ポルノなどは許さない。
「われら英国人は欧州大陸文化などに毒されてはいかん」とマイケル王子は、日本を褒めながら独自文化の大切さを説く。(後略)
うーん、読み直してみても実に面白い話だね。
なんといっても、ユーモアがある。英国流というのか、洒落が効いているんだな。と同時に、国家が持つシビアさもあり、また、その国家のシビアさも、一皮向けば・・・いやそのままで「洒落」のようなもんなんだよ、という風刺にそのまま成っているんだな。
「アメリカ合衆国皇帝」ジョシュア・ノートン一世陛下のような。
(興味のある人は「アメリカ皇帝」「ノートン」などで検索してみては。)
私は、今「国家」を論じるとき
アメリカ
イスラエル
ソマリア
カタール
台湾
・・・・・・・・・・が、諸問題を探るキーワードになるんじゃないかと思っていたが、シーランド公国もそこに入れていいかもしれない。
そういえば、もう少し俯瞰的にこの国のことを知るには
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/2917/hikounin/sealand.html
が有用。
ここに「マイケル殿下人質事件」の全貌もある。
これは笑っちゃいけないんだが笑える。
シーランド公国は国を売るんじゃなくて
「映画化権」を売れよ。スピルバーグが映画化したら、俺は見るよ。
パティ・ロイ・ベーツは国家元首のロイ・ベーツ公を名乗り、1978年にドイツ人投資家のアッヘンバッハを首相に任命してカジノを作ろうとしたところ、ロイ・ベーツ公の息子・マイケル皇太子を人質に取られてクーデターを起こされ、公国から追放されてしまう。しかしロイ・ベーツ公は元英軍少尉だけあって、20人の武装した友人たちを率いてヘリコプターで要塞を急襲し反乱を鎮圧。アッヘンバッハたちはオランダへ追放され、シーランド公国から「反逆罪」として7万5000マルクの罰金支払いを命じられた。この事件について西ドイツ政府はイギリス政府に善処を求めたが、イギリス政府は68年の判決を理由に「管轄外」だと無視したため、西ドイツ政府はシーランド公国へ外交官を派遣して交渉したところ、ロイ・ベーツ公は「わが国が西ドイツ政府によって承認された」と喜んで、罰金支払い命令を取り消した。この後、アッヘンバッハはシーランド公国の「枢密院議長」を自任して、西ドイツで亡命政府を樹立。今もアッヘンバッハの「後継者」が正統政権を主張しているとか
さて「小さな小さな独立国(になるのかそこが)」という話は、寓話性・風刺性も高いので、また国境や移民、難民などに触れる機会が少ない日本ではさらに興味を引くのか、昔は自治体の観光振興で無数の「独立国」が出来た。
また、それに先駆けてSF、ユーモア小説も出ている。
非常に短い掌編だが、表題になっているね。星新一
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これはちょっと違うんだが、表題作は極小国を描いたものだった。
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シーランド公国やこれらの話は、武装と非武装、法の保護と抑圧、主権とグローバル化など広くものを考えるとかかりになる。
たとえば「マイ国家」は・・・・
おっと時間切れだ。またおって(・∀・)/
夜にでも続きが書ければいいな。