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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

村上もとか「龍」が完結。来年の手塚治虫文化賞は決まった。

本当は、これに全力を入れて書こうと思ったのだが、また格闘関係が予想以上に増えた(笑)。
さて、ついに終わってしまった。1991年に連載を開始したから実に15年。単行本は、今出ているものでも40巻を数える大長編だ。
ひとつの交響曲を聴き終えたかのような、心地よい充実感の漂う最終回となった(最後は、「あれから○年」タイプのエピローグ)。

実際のところ、ビッグコミック系列の長期連載は多いけどたいていは1話完結、連作短編であって、最初から最後まで切れ目なく続く長編としては例の無いものだ。そして、その構成が、さすがに多少のほころびやずれは見られるものの、まれに見る完成度を保っていたことも特筆したい。
大風呂敷を広げる人は多いが、畳める人は。


もちろん自分も、最初に龍が「秘法を隠すためにチベットに行く」と言った時は、中国共産党軍のチベット侵略とそれへの抵抗を描く画期的な最終章が描かれるかも?と期待したのだが、まあ日本のメジャー系出版社でそれが描かれるにはあと10年の歳月が必要だろう。資料も少ないし、あれやこれや色々と。

以前、こう書いたな。

今、続くか終わるか心配なのは、村上もとか『龍』。
あの「国」(当時は「 」も不要なのだが)が出てきてしまっては、小学館もよっぽど覚悟を決めないと、政治的プレッシャーは相当なものになるぞお。龍はそこで、セブンイヤーズをすごすのか?波紋法を学ぶのか?

その残念さを含めても、終えるべきときに終えた幸福な作品であったと思う。



さてこの作品、時代的というかイデオロギー的というか、そういう点で極めて微妙な題材を(も)扱っていることは読めばお分かりの通りだが、また読めばそんないわゆる「ウヨサヨ」の品下がるレッテルを貼ろうにも貼れないものであることも分かる。ネットで見る限りは、実際にそういう点でこの作品を評価する声はごく小さいといってもいいと思う。「人格」ならぬ「漫格」のなせるわざだと言えよう。
だからこそ河上肇北一輝石原莞爾毛沢東江青甘粕正彦スターリン訒小平・・・・・・・などの実在の人物を散りばめながらも、それに振り回されたりせずにストーリーを練り上げることが出来た。(ちなみに毛沢東を、その怪物的側面も含めて描写できたのはやはり時代のなせるわざだと、藤子不二雄Aの「劇画毛沢東伝」や手塚治虫「一輝まんだら」を復刻で読んだ世代としては感慨深い。)



じゃあ本質は何かというと、これは主人公・押小路龍の魅力に尽きるだろう。
もともと、この作品は昭和初期の京都が舞台で、現在も武道界に数々の足跡を残している「武専」で剣道を学ぶ若者を主人公にしたものだった。
(よく大長編は、それだけでしり込みして手を出さない人が多いが、そういう方は、たとえば龍が中国に渡る前までを「日本編」というひとつの独立作品と思いそこまで読んでみることをお勧めする。その場合、たぶん12巻前後となる)。

ある意味、掲載誌を大人向けにした、リアルで重厚な「六三四の剣」のセルフリメイク的な作品になるかな?とも当初思ったし、実際、武専の伝説的な名人(実在)を描くところは格闘技ファン的な視点から見ても十分楽しんで読める。
(武道と昭和史が、アジアにつながっていくところはバロン吉元「柔侠伝」との比較も面白い)


それはそれとして、とくに初期の「龍」の魅力は、理想的な形の「貴族」というか、「いい面だけを集めた『お坊ちゃん』」という、ありそうでなかなか少ない漫画キャラクターを作ったことにあると思う。
これは作品中でも触れられているが、京都の料亭で豪勢極まる芸者遊びをやれるかと思えば、ぼろ寺で着の身着のままの生活はおろか、橋の下での乞食商売ですら平気でできて、しかもそれぞれを十分に楽しむことが出来る。また民族、国籍、貧富、そして思想ですら区別をせず、「俺はここを武道の梁山泊にしたいのや」と雑多な階層を平気で受け入れたりする。
ある程度、「ガキ大将」キャラクターの系譜もあるが、それ以上に「イノセンス」の魅力が、用心棒や馬賊の指導者ともなった後期ですら漂う。
一番似ているのはHUNTER×HUNTERのゴンかな。
島育ちの田舎者、というか特異な背景のファンタジー性によってゴンはその個性を納得させているが、ある程度リアルな舞台で、主人公のイノセンスぶりを成立させるのに「いい意味でのお坊ちゃん」という説明はしごくツボにはまったものだった。


だからといってそのイノセンスに流されるわけではない。
龍は「思想」は無いが「美学(=武士道)」はあり、その武士道的美学が逆にこの複雑にして微妙な評価のある昭和・・・それを背景としたストーリーの中でも無理なく彼をヒーローの座においている。朝鮮半島の植民地支配や民族差別を、思想の立場から批判させようとしたら、美味しんぼのソレのような無残なできばえになるだろう。
「思想の男(もちろん美学もあるが)」北一輝との対比のシーンで、それがひときわ輝いていると個人的には考えている。


そして、その主人公を彩る脇役陣の多彩さよ。
上に挙げた歴史上の人物を含め、それぞれの正義や美学を持っているがゆえに、主人公龍の美学と火花を散らす。

父親、叔父の造形。実は暗殺者だった曹くん。李龍。武専の仲間達。田鶴てい。小鈴。
それぞれの個性は、そのまま本来ひとつの短編の主人公となりえる。ゲストキャラもしかり。
あまりに印象深いので、途中で出てこなくなることが不満な脇役ばかりだ。
できれば、その後わずかでもいいから活躍ぶりを見せ、ストーリーにからんでほしかったがそれは望蜀の嘆というべきだろう。
昭和とアジアを駆け抜けた龍には、そこまでドラマを縦横斜めまで複雑にすることは不可能だったかもしれない。

なんにせよ、漫画としては20世紀から21世紀にまたがる時期に描かれたこの作品、類まれなる完成度と重厚な読後感を残すことは保証する。
せひぜひご一読を。



ちなみに村上もとか氏、50代も半ばを過ぎてこの作品を終えたら、またもや年内(9月)に新連載を始めるんだって。
なにその情熱ぶり。
西原理恵子が彼とちばてつやを名指しして「年とったら年相応に手を抜けよ、あとがつかえてんだよコラ」
と言ってたのもむべなるかなだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「そもそもあんたとはジャンルが違いすぎるわ」とも思ったがな(笑)

(完)


龍 40 (ビッグコミックス)

龍 40 (ビッグコミックス)

世紀の傑作が終わったのに反響少ないなあ。「村上もとか」の最近のキーワード

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