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「悪役レスラーは笑う「卑劣なジャップ」グレート東郷」・・・その強みと弱み(完全版)

【書評十番勝負】

稀代の悪役レスラー、グレート東郷の謎を追ったこの作品。書き手はオウム真理教とその後継団体「アレフ」に密着したドキュメンタリー監督・森達也だ。いろいろなところで書評を聞き、売れ行きも好調らしい。
今回読了する前に、断片的な情報で書いた先行エントリがある。
(註:この本はノンフィクションだが、一種の「謎解き」の構成になっている。そのネタバレを好まない人は以下、読むのを避けてください)


■[プロレス][読書][漫画]森達也グレート東郷」本出版
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20051129#p3


■[読書][映画]森達也ドキュメンタリーは嘘をつく
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20050609#p4
再度掲載すると、興味があったのはここ

・・・気になったのが、森氏があたためているという「グレート東郷」についてのドキュメンタリーの骨子だ。

実は、ほぼ同じ内容の漫画を流智美さん原作、画は「Dr.コトー」が大当りした山田貴敏で、6年ほど前に「ビッグコミック」上で読んだ記憶があるのですよ。


ネタバレすると、グレート東郷が、マス大山が憤激するほど「国辱」的である、”悪くて卑怯な日本人”を演じたのは、母親が中国系で日系社会から差別されたための復讐だったというストーリーなのだが、プロレスファンとして聞く東郷の様々なエピソードは、そんな単色系のパーソナリティを感じさせないのだが。


結論をいうと、森達也はこの漫画のこともちゃんと知っていて、内容に組み込んでいました。というか、原作者・流智美は彼の取材に協力し、資料を提供している。ただし、途中から「中国系という話は調べても確信はもてない(補強材料が見つからない)。遺族から訴えられる可能性もあるから書かないほうがいい」と消極的になる、極端に言うと、それこそこの本の中では一種の”悪役”でもある。

・・・改札口に消える流の後姿を見送りながら、テレビ・ドキュメンタリーの提案をしたときはあれほどに協力的だった彼が、一転して消極的になってしまった理由を考えた。アメリカ滞在中に何かがあったのかもしれない。でもおそらく、僕が映像から活字の領域にスイッチしたことは最も大きな要因のひとつだろう。
当然だ。テレビ・ドキュメンタリーならともかく、活字は流の領域だし、東郷の出自をめぐる謎は、彼が発掘した始点なのだ。流を責めることなどできない。無神経なのは僕のほうだ。(P183)

うーむ、これは謙虚なように見えて、「流智美は嫉妬深い、ケチで狭量な男だ」と批判するのと同じ効果を、結果的に生んでいるような気がするのだが。
他人の真意を「推理」するのは自由だし、文句を付けようもないのだが(流だってレスラーインタビューで同じことをやっている)実際、初読では「流智美、器が小さいなぁ」と、彼のファンである私まで思ってしまった。


でも流氏も、別の点で良くないというか。
私も勝手に彼の心を推測すると、まず「東郷の母親は中国人」説を「面白い!」と飛びつき、週プロのコラムやビッグコミックの漫画のネタにしたと。
異なる二人から証言を得ているし、何よりプロレス世界では「事実より真実!」という梶原一騎イズムが支配している。その世界では、十分に通用するし、仲間内の仁義でクレームをつける人がいない。
しかし、「岩波書店」での書籍化となると、もっと確定的な事実に沿った記述で無いといけない。そのレベルの厳密性は、調べても出てこなかった・・・・という、ごく初歩的、根本的な部分なのじゃないか(笑)。それはそれでプロレスマスコミも正しいし、岩波的活字の権威主義も正しいと思う。


ネタバレになるけど、結局森達也氏も「グレート東郷の母親は中国人」説を確定した事実として提示できなかったのだよ。

流智美に勝るとも劣らないプロレスの虚実の語り部桜井康雄氏にも森氏は取材している。


「ああそれ。よく間違えられる方がいるんですよ」
「真実ではない?」
「違います。僕は東郷のことはよく知ってますから」



グレート東郷も一時期、異国情緒を出すためにリングコスチュームとして中国服を着ていたこともあるんですよ。そういった情報が錯綜して、中国系と言われたんじゃないかと思いますけどね。彼は日本語をしゃべると、熊本弁が出ましたよ。」


さらに森は取材を続ける。国際プロレスで接点があったグレート草津

「(グレート東郷は)韓国だよ」
「・・・でも、彼も熊本ですよね。父親は熊本からの移民ですよ」
「だから移民で来たけど、韓国籍だよ」
(略)
「だから、俺は韓国だよって言ったんだよ」
「サラリと?」
「そう、サラリと。俺はコリアだよって」


斉藤文彦(オールスター・キャストだなあ)経由でアメリカのマニア情報。

「母親の名はハツであると書いています」

ある意味、ストーリーとしては当初の組み立てを裏切ったのだが、ここで「差別された中国の血の恨み」といった話ではなく、「ナショナリズムも二重三重に複雑な、プロレスラーの底深さ」というストーリーに変更して一書をものしたのは、森氏のドキュメンタリー取材で鍛えた反射神経のたまものといえようか。


ひとつプロレス寄りの話題として興味を惹かれるのは、上に出てきたグレート草津ルー・テーズの試合(東郷は草津のセコンドだった)。これは「裏切りのバックドロップ」と呼ばれ、別冊宝島流智美が書いたルー・テーズの告白でほぼ決着がついたと思われたのだが・・・。たしかにミスター高橋本が出た後で考えると「若造に負けるブックは元王者のプライドが許さないから、国際プロレス吉原功社長の許可を得て、ブック破りのシュートなバックドロップをきめて勝った」というテーズの話は「それですむんやろか?」という疑問をもう一度抱かせる部分もある。
これは「東郷さんが寝とけ(キープ・ステイ・ダウン)と言ったからそのまま寝てた(ダウンのふりをしていた)」という草津の証言とあわせて「プロレスのブックはどこまでの地位の人が事前に知っており、その後どこまでがアドリブ変更可能なのか?」ということを考えたい。
「テレビ局の局員は、インナーサークルに入っているのか?」という部分もあるな。


【参考】http://blog.livedoor.jp/hardcore_heaven/archives/50304047.html


もうひとつ、「東郷はガメツいと言われているが、それは神話じゃないか?」という視点。これはくしくも昨日(1/18)に発売された週刊ゴングで「ジャイアント馬場の米国修行時代のギャラ」についての記事があった。だれか手元にないかな?
あとでつき合わせてみよう。

【補足】週刊ゴング1109号によると、最初のアメリカ修行時の馬場はNY地区で週8000ドルは楽に稼ぎ、1年8か月で10万ドルを稼ぎ出し、東郷やアトキンスに引かれて2万ドルが手元に残ったという。



さて、森達也氏がいちばん書きたかったであろう、「プロレスとナショナリズム」についてを見てみよう。

森達は結局のところ、ナショナリズム批判の書としてこの作品を位置づけている。
この本の帯には・・・また出てきたよ”ザ・インチキ”香山リカ氏による推薦文。

「プロレス?やらせだろ。ニホン人?すぐれた民族だよ」
硬直化した心にドロップキック!


いやあ、書き写すだけで恥ずかしい。とすると、かつて「知能指数が高い人間は左になる」といった彼女自身(http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20051027#p4)の硬直化した心には、ミサイルキックぐらい必要になるんではないか(笑)。
ま、帯ごときにかかずらわってはいられないので先に進もう。


プロレスは「民族ショー」の面があり、そこではナショナリズムも大いに味付けに使われていることはその歴史を紐解けばわかる。だから、この分野からナショナリズムの断面を見ようとい着眼点は、なかなかに優れたものだ。


ではあるが、この点についても、またもや流智美氏が極めて優れた先行作品を残している。
映画と、スタッフや俳優の民族性との関係を論じた「異人たちのハリウッド」という本の中に、場違いのように執筆され、しかも一番の輝きを放った論文。


コレに関してはすでに、
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20050109#p1
に書いたので再論はしないが、ともかく流コラムの中でも生涯の最高傑作というべきものであって、是非とも何かの機会に目を通していただきたいものだ。

異人たちのハリウッド―「民族」をキーワードに読み解くアメリカ映画史

異人たちのハリウッド―「民族」をキーワードに読み解くアメリカ映画史


また、「フレッド・ブラッシー自伝」にも、レスリングと民族性に関する非常に興味深いエピソードが載っている。ブラッシーは現役時代、イタリア系のヒーロー、ブルーノ・サンマルチノとの抗争などで観客をヒートさせており、その「ショー・マスト・ゴー・オン」な精神には脱帽させられるのだが、(http://www.tobunken.com/olddiary/old2004_03.htmlの24日(水)の項目を見よ)さらに面白いのはその後のマネージャー時代。

なにしろ彼は、稀代の大悪党なのだから当然有望悪役新人のマネージャーということになる。そうすると、本物・ニセモノ合わせて「正義のアメリカ人に対抗する側」・・・すなわち、その時々の”敵性外国人”レスラーに就くことになる。
80年代、アメリカでのヒールはNWA系でロード・ウォリアーズとタメを張る(このウォリアーズと五分のライバル、というの自体がすごいギミックだった)ザ・ラシアンズが人気だった。
そしてWWF(現WWE)はそれに対抗?するように、「アンチ・アメリカンズ」を結成する。イランの怪人アイアン・シーク(こいつは本物のイラン人)と、怪力ニコリ・ボルコフ。

ちなみに小生、ニコリ・ボルコフがジャンボ鶴田を片手で宙吊りネック・ハンギングに捕らえるところを生で見ております。はい余談ですね。



ボルコフは「ソビエトに忠誠を誓うガチガチのヒール」というアイデアに「俺の一族はユーゴ系だよ!それに、共産主義が大嫌いだから、アメリカに逃げてきたのに・・・」としり込みするのだが、ブラッシー平然としていわく
「だから、お前がリング上で暴れてブーイングを浴びれば、共産主義への対抗になるだろ?」
いや、そういうもんだろうか(笑)。

その後、ニコリ・ボルコフは「アメリカ人の観客に憎まれるギミックをいろいろ考えろ」「なんでもいいから、アメリカ人を罵倒しろ」とブラッシーから言われ、「リングでソ連国歌を歌おうとするが、観客のアメリカ国歌大合唱にかき消される」などの持ちネタを開発するのだが、マイクアピールには苦労したようだ。


ソ連じゃ一人一台、自動車を持っている、お前らよりずっと豊かだぞ」とホラばなし気味の煽りをいうと、素直な大ブーイングをもらったのだが、あるとき「アメリカ人は原爆投下という非人道行為をしておりきながら、日本に何の謝罪もないではないか」という風に煽ると、会場はこれ以上ないドン引き。


さよなら絶望先生」ではないが「社会派に寄り過ぎです」と幹部に言われてボルコフはしゅん、となったものの、ブラッシーだけは、「いや、あれでいいんじゃ」と許してくれたという・・・・・・

フレッド・ブラッシー自伝

フレッド・ブラッシー自伝

すごくわき道にそれた感もあるが、皮肉をこめて言えば、これはかなり「森達也ごのみ」のエピソードだから、引用すればよかったのになぁと思う。まあ、プロレス関連書籍だって膨大にあるのだし、そんなにこっちの希望通りにはならないよな。




しかしだ、長々と二つの別作品を引用したのは、これらがある意味、森氏の東郷本への「批判」とも成りえているからだ。


森氏は、P184-187で、戦犯、いや先般(笑)靖国神社にてZERO-ONE MAXが開催した「奉納プロレス」(2005年)を取り上げている。力道山以来、44年ぶりだ。

この興行の日刊スポーツ記事、またインターネットの書き込みを森氏は怒る。
まあ予想通りちゃ予想通り。版元は岩波書店なんですから。

こんな記述がネットに氾濫した。
「ゼロワングッジョブ!
ご英霊にも楽しんでいただけたろう。
異種格闘技戦では(略)、確か橋本が奉納プロレスをやるって言ったあとに、「中国人の感情を傷つける」という感じの抗議でゼロワンに乱入したというキャラだったと思う。
その支那人キャラを最終的に靖国でやっつけるシナリオは最高。
やっぱりプロレスのストーリーはこういうふうに作ってくれないと盛り上がらんわな。」

・・・書き写しながらとても不快な気分になる。(略)このレベルには、彼らがよく口にする「民族の誇り」や「国家への思い」などの高邁さや崇高さはかけらもない。(略)侮蔑であり、排斥であり、嫌悪だ。ところが現都知事への支持率が圧倒的に高いことが示すように、このレベルが今のこの国を、マジョリティの意識として覆っている・・


この、靖国神社奉納プロレスに関し、当道場本舗はその前のパンクラスでの、桜木裕司の試合ともからめ、http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20050315と書いた。
数々の話題作を発表し、賞も得ている人に対し「俺はこう書いた」と提示するのも身の程しらずだが、この見方のほうが現状を貫いているだろうという自信は、正直ある。


森氏は、やはりプロレス愛があるもので、
「でも同時にプロレスは、その(上の書き込みのような?)レベルのナショナリズムを、自らが内在する虚実のダイナミズムで無効化する瞬間が確かにある」

と弁護している。
実は、小生もその見立てに同意する。
しかし、森氏はその「ナショナリズムの無効化、二元論の無効化」として例示するのが、ブッチャーが実は篤志家であるとか、ビル・ロビンソンミル・マスカラスが偽善者、エゴイストであるという噂をプロレスファンが知っている、というお話だ。
そりゃ、無効化とか二元論の相対化とかいう大層なもんじゃねえだろう(笑)。


そうではない、と小生は考える。
プロレスがナショナリズムに関して−−少なくとも21世紀の日本において−−何がしかの意義があるとしたら、それはそのフェイク性そのものが、ナショナリズムを高揚させる一方で無効化、相対化、そしてパロディ化しているという一点にある。そしてそれは、同時に行われているのだ。


だって、森氏が大いに怒り、懸念する「日本人レスラーvs中国人拳法家 イン靖国神社」で、本当にチャンコロやっつけろ、日本万歳、うちてしやまん、一億玉砕、八紘一宇・・・・となるだろうか。とてもそうは思えない。

http://blackeye.cocolog-nifty.com/eye/2005/04/in_ae72.html

かなり以前から、人気者だったのだ。森氏は、今回取材を受けたkamipro(旧紙のプロレス)で、中国人の酔拳使い・王拳聖が受けたインタビューを資料としなかったのだろうか。(あれは中国から武道、スポーツのみを頼りに世界に雄飛した男の一代記として、実際に面白い。)


というか、森氏は肝心なことを見落としているが、もしもこの靖国をめぐる?日本対中国の抗争劇がそこまで日本人の凶悪なるナショナリズムを煽動する悪質なものであったら、王拳聖は、グレート東郷に劣らぬ売国的なショーマンだということになるではないか。
それとも王選手は、母親が日本人のために差別されて、そのため祖国・中国を憎んでいたのか(笑)。


ピエロやお笑い芸人は、その愚かさを笑われているようでいて、鍛えぬいた技術とセンス、知性によって観客を手のひらに乗せている。それを観客(の多く)も分かっていて、この計算された愚かさを笑いつつ、それを生む芸人たちをリスペクトしている。

同じような構造は当然あるわけで、ファンは「ブーイングを気持ちよくさせてくれる」選手に、楽しんでブーイングを飛ばしているのだ。まあ例外はXXXとかXXXXとかいるのだが、それは基本的にしょっぱいからだろ(笑)。
王拳聖に対して向けられた視線を、本当に分析したのかは大いに疑わしい。


だいたい、森氏が槍玉に挙げたネットの書き込みだってもう一回再読すると・・・

やっぱりプロレスのストーリーはこういうふうに作ってくれないと盛り上がらんわな


「ストーリー」を「盛り上げる」ために「こう作らないと」・・・

なんともさめた、ウラまで見据えた視点。ここは森達也氏、「なんてあの中国人は悪いやつなんだ!でも強くてヤバイなあと思ったけど、さすが日本人、あっぱれな大和魂で勝利してくれた」と本気で怒り、喜ぶファンの書き込みを探すべきであったよ(笑)。


そもそもこの書き込み氏の「ゼロワングッジョブ!」という書き込みの「グッジョブ!」は王拳聖にも向けられているのではないかな。少なくとも、構造的にはそうなる。


てか、森さんは1999年にテレビ用企画をはじめ、この新書用の取材も、少なくとも2005年2月には開始していたそうじゃないか。めんみつな取材で知られる?森氏は、同年4月に行われた、この奉納プロレスを自身で取材し、実際の雰囲気を体験したのだろうか?
というのはここだけ、「僕は・・・見た」という記述ではなく、ニッカンスポーツの記事と上記のネットの引用だけなのだ。
プロレスとナショナリズムに関連した本を書くつもりでいつつ、、この靖国奉納プロレスを実際に見ず、それでも引用するというのは・・・手法は人それぞれだし予算もスケジュールもあるからから、必須だとか見てない人間に語る資格は無いと言うつもりは全く無いが、完成度はいささか低くなった、といわざるを得まい。


森氏は引用のネット書き込みに際してこうもいう。

思想、心情は自由。だけど相手がその呼称を嫌がっているのなら、それを避けるぐらいの良識は人として当たり前だ。ところが今では現都知事ですら、公式の場でシナと発音する。
そう異議を唱える僕に、「何を言ってるんだ。中国は世界的にもシナと呼ばれている」と言い切った保守派の論客がいた。シナじゃない、チャイナだ。でも彼らはチャイナとはいわない。わざわざシナと発音する(P186、ここから上引用部の「このレベルには・・」につながる)

まず、「シナじゃない、チャイナだ」

フランス語(シーヌ)・ポルトガル語(シーナ)も含め、(これも発音を日本の字に置き換えるときに差があるが「Chine」やからね)そもそも、同一の語源が読みによってずれてるだけの、ギョエテじゃない、ゲーテだ、の類だ。
セーム・シュルトじゃない、セミー・シュッだつってもねえ。

というか「支那(シナ)」論争は、インターネット上では極めておなじみの議題で、賛否含めて膨大な文献があるから各自ではてなキーワードhttp://d.hatena.ne.jp/keyword/%bb%d9%c6%e1含め検索すること、だが「・・・相手がその呼称を嫌がっているのなら、それを避けるぐらいの良識は人として当たり前だ」なんて単純な結論は断じて導き出せまい。


それは、「放送禁止歌」を次々生んでいった精神とも重なるんでは無いですかねえ。

放送禁止歌 (知恵の森文庫)

放送禁止歌 (知恵の森文庫)


そもそも、この「保守派の論客」ってなんで匿名なのよ。誰なのよ。
意地悪くいうなら、この場では森氏は全く反論できなかったとか、徹底的に論破されてしまったので、第三者から再検証されるのを恐れてぼかしたんじゃない?


森達也氏は、鈴木邦男氏とも親交が深く、彼の著書をこの本でも引用している。なら、鈴木氏の友人でもあり、「支那」に問題は無いと主張する論客(保守派かどうかはさておき)の第一人者に、ここではおなじみ呉智英氏がいる。
また、講談社エッセイスト賞を受賞した漢文学者で、かの地の古典文学研究に生涯をささげている高島俊男氏も有名だ。

「・・・だれもあなたに「中国をやめて支那を使え」と言いはしない。「支那」に不快を感じ「中国」に愛着をおぼえるあなたの選択をわたしは尊重する。それなのになぜあなたは、「支那」に愛着を持ち、もしくはこの語の使用に合理的理由があると考える者に対して「やめろ。中国と言え」と要求するのか。」
講談社エッセイスト賞受賞作「本が好き、悪口言うのはもっと好き」文庫版P165)

本が好き、悪口言うのはもっと好き (文春文庫)

本が好き、悪口言うのはもっと好き (文春文庫)


支那」を使う人間に中国蔑視者が皆無である、ということはありえないが、少なくとも彼らが「人として当たり前の良識を持っていない」というのはどうであろうか。

机の上での思索者ではないのだから、森氏はテレコひとつを持って、鈴木邦男氏を通じて呉智英にアポを取り、話を聞いてみれば良かったのではなかろうか。少なくとも、彼の論には厚みが加わったはずだ。


ちなみに、この良心的ならざる?二人は7、8年前によりによって今回の新書の版元・岩波の「世界」で対談。当然「支那」を両者とも普通に使用したが、あの差別用語に大しては最高級に神経質で、問答無用でちびくろサンボを抹殺した岩波が「わが社、編集部としては支那は使うべきでないと考えるが、二人の主張はそれぞれ・・・と・・・という本に載っている」と注釈をつけそのまま掲載した。
少なくとも一般的な罵倒語、差別用語とは一線を画していることを、岩波はあのとき認めた。


さて、結論なんだが、〆に使おうと思ってた資料が見つからないという、よくあるパターンだ(笑)。だからホンのちょっとしか引用できないだが、例の帯を書いた香山リカ氏の話題作(苦笑)「ぷちナショナリズム症候群」

浅羽通明が批判した言葉が、この作品の主用モチーフにも当てはまるのではないか。


「この本に挙げられているのは、ナショナリズムの風化の証かもしれぬ事例ばかりで、戦後民主主義の優等生が枯れ尾花に怯えて狼が来ると叫んでいる印象」

ナショナリズム―名著でたどる日本思想入門 (ちくま新書)

ナショナリズム―名著でたどる日本思想入門 (ちくま新書)

プロレスのナショナリズムは、ここでいう「風化」も確かにある(戦後まもなくは、そりゃあかなり本気だったろう)。しかし、それ以上に、森達也氏がちゃんと視野に入れていたはずの「虚実皮膜」が、毒と解毒剤をいっぺんに飲ませるような、不思議な効果をもたらす。


その不可思議さを追求する方向に進んでいれば、或いはさらに別の「グレート東郷」の姿が現れたかもしれない。

(了)


追記メモ
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20040501#p2


【追記】2007年の靖国神社では、上の森氏の著書に登場した「王拳聖」が、正義の酔拳使いとして、ジークンドー使いと対戦しましたとさ(爆笑)。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20070331/p4

【追記2】2017年に、森監督自身とやり取りできました

https://twitter.com/MoriTatsuyaInfo/status/937115281410813952

森達也(映画監督・作家)‏
@MoriTatsuyaInfo
1 時間1 時間前
その他
放送禁止歌』を撮ったときや『A3』を書いたとき、自主規制やサリン事件の背景に忖度が駆動していることに気づいて唖然とした。ホロコースト大日本帝国の御前会議、文革ポルポトも同様。人は集団化を起こしたとき大きな過ちを犯す。もっともその頃は忖度と書いても読める人は少なかったけれど。
2件の返信 32件のリツイート 56 いいね
返信 2 リツイート 32 「いいね」しました 56 ダイレクトメッセージ

gryphon(まとめ用RT多)‏
@gryphonjapan
その他
返信先: @MoriTatsuyaInfoさん
かねてからの疑問。

例えば、さまざまな放送禁止歌の”忖度”って、
こういう形の”忖度”と同じ種類のものじゃないですかね?
 ↓
『思想、心情は自由。だけど相手がその呼称を嫌がっているのなら、それを避けるぐらいの良識は人として当たり前』
(某氏の著書「悪役レスラーは笑う」の一節です(笑))
9:42 - 2017年12月3日

https://twitter.com/MoriTatsuyaInfo/status/937124185335242752
森達也(映画監督・作家)‏
@MoriTatsuyaInfo
フォロー中 @MoriTatsuyaInfoさんをフォローしています
その他 森達也(映画監督・作家)さんがgryphon(まとめ用RT多)をリツイートしました
これは嫌がらせなのかな。「某氏」とか(笑)とかあるからそうなのだろうか。判断がつかない。とりあえず答えます。ぜんぜん違います。『放送禁止歌』中古でも図書館でもいいから読んでください。森達也(映画監督・作家)さんが追加
gryphon(まとめ用RT多)

@gryphonjapan
返信先: @MoriTatsuyaInfoさん
かねてからの疑問。

例えば、さまざまな放送禁止歌の”忖度”って、
こういう形の”忖度”と同じ種類のものじゃないですかね?

9:59 - 2017年12月3日
2件のリツイート 7件のいいね 沼田知子宮地昌幸宗像由美五重塔evening calmMtQぶらり御前と他13人大久保英樹
1件の返信 2件のリツイート 7 いいね
返信 1 リツイート 2 いいね 7 ダイレクトメッセージ
gryphon(まとめ用RT多)ツイート内
テキスト

新しい会話

gryphon(まとめ用RT多)‏
@gryphonjapan
18 分18 分前
その他
返信先: @MoriTatsuyaInfoさん
いえ、真面目な話ですよ。
質疑は数回限定と伺っているので、論は過去の文章を紹介します。ちなみに「某氏」は同書で批判者を「保守派の論客」としたのと似てるような、違うような(笑)http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20060122/p2
放送禁止歌」過去に拝読しました。
そのレベルで質問するなら(続く)

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gryphon(まとめ用RT多)‏
@gryphonjapan
14 分14 分前
その他
Q1:「悪役レスラーは笑う」で上記の用語を論ずるにあたり、呉智英氏(鈴木邦男氏の親しい友人ですね)や高嶋俊男氏の本やその論を読まれましたか?

Q2:「悪役レスラーは笑う」に登場した「保守派の論客」とは誰ですか?(その方とオフレコの約束があるなら結構です)
https://www.amazon.co.jp//dp/4004309824
1件の返信 0件のリツイート 0 いいね
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gryphon(まとめ用RT多)‏
@gryphonjapan
10 分10 分前
その他
ラスト
Q3:靖国プロレスに登場した王拳聖選手は、日本人の凶悪なナショナリズムや排外主義を煽動するのに中国人でありながら協力した売国的ショーマンだと評価なさいますか?