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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

めくるめく、19世紀の大カーニバル・・・「リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン」

【書評十番勝負】
ドラゴン桜」って漫画はちっとも面白くないし、要は基本アイデア清水義範「国語入試問題必勝法」の衝撃を広げただけだし、何より絵が魚類っぽいしで嫌いだし興味もないのだが、この前モーニングを読んでパラパラめくるうちに、何かの拍子で目に付いた。今は世界史か何かの解説をしていて、「歴史の因果関係を、自分の中で勝手にドラマ化、ストーリー化しろ。そうすれば頭に残りやすい」というアドバイスをしていたはずだ。


これはある種の正論で、司馬遼太郎や「風雲児たち」、「三国志」などが学校受験的な世界史勉強の中で役に立つのは、知識そのものでなく、そこを覚えるときの「足場」、とっかかりができるということであります。



そして自分の場合−ということになりますと、19世紀西洋史・世界史はそれなりに強いほうです。なぜかというと、ベイカー街のかの名探偵シャーロック・ホームズ氏が、原作はともかく無数のパスティッシュ作家や研究者のおかげで、当時の有名人のほとんどと面識や因縁があるから(笑)。


ところで、この19世紀という時代はミステリーと共に(元々が双子の兄弟のようなものだが)SFの黎明期でもありました。これも昔書いたけど、よくSF史を紐解く中で紹介される19世紀(20世紀初頭)の作品群は、まったくの現役続行中。その面白さは、いま現在の代小説にいささかも遜色ないだけではなく、「キャラクター」の印象の深さという点では完全に圧倒している。あれだけ続編に無数の怪獣が登場していながら、プロダクションがここぞという勝負どころでは何度も”再生”させる成田亨怪獣(エレキングやらバルタン星人)のごとしです。



その、19世紀という舞台と、当時続出したロマンあふれる空想物の怪しくも高貴な魅力を、ギュッと搾ってブレンド、熟成させたのが、タイトルに掲げた「リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン」の正続2巻です(題名長いよ!以下「LOEG」)。

リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン (Vol.1) (JIVE AMERICAN COMICSシリーズ)

リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン (Vol.1) (JIVE AMERICAN COMICSシリーズ)


おいおい、自分の文章読み返してみたら題名より前フリが長いって(笑)
個人的には、興味を持たせるようなストーリーの要約、あらすじまとめは好きで得意な分野でもあるのだが、先を急ぐので先人の遺産を借用しよう。
http://d.hatena.ne.jp/zeroset/20040718

時に1898年、繁栄を謳歌するヴィクトリア朝イギリス。謎の男、Mの指令を受け「怪人連盟」が結成された。メンバーは、ミナ・ハーカー(吸血鬼ドラキュラ)、アラン・クオーターメイン(ソロモン王の洞窟)、ネモ船長(海底二万マイル)、ジキル博士とハイド氏、そして透明人間!怪人同盟に与えられた最初の使命は、悪の天才フー・マンチューより重力遮断物質ケーバライトを取り戻すことだった。しかし、その使命には、もう一人の「悪の天才」による陰謀が潜んでいたのだった・・・。


 古典的冒険・怪奇小説の主人公たちがヴィクトリア朝イギリスで大活躍するシリーズ・・・といえば「ドラキュラ紀元」シリーズを思い浮かべる。しかし本作の場合、古典小説の主人公も皆どこかイカれて・・・

ちなみに1898年は、史実ではhttp://www001.upp.so-net.ne.jp/fukushi/year/1898.html

日本は日清戦争の勝利もつかの間、三国干渉を受けて世論は沸騰。
臥薪嘗胆だとばかり対ロシアをにらんで軍備拡張の最中です。

その、日清戦争の勝利に貢献してくださったホームズ氏(確定的事実。疑う向きは「ホック氏の異郷の冒険」を参照されよ)は、ちょうど「踊る人形」事件に取り組んでいた年ですね。

http://www.comcarry.ne.jp/~maerd/221b/canon/
(この「LEOG」の中では依然、行方不明ということになっているが)


修羅の刻」や「坊ちゃんの時代」は、周辺の歴史状況を知っているのと知らないのでは面白さが格段に違うわけだが、日本人と外国人ではそのハードルも高さが違う。
この作品も同様で、まあ平均よりは詳しいであろう小生だって、LOEGの中でも中心となるミナ・ハーカー(ドラキュラの花嫁ならぬ、ドラキュラの未亡人、ですな、いやそれもちょっと違うけど)とアラン・クオーターメイン(ソロモン王の洞窟の探検家)はよく知らなかった(巻末の「注釈」の活用をお勧めする)。


だもんで最初に世界に入るのはやや時間が掛かったのだが、この二人がエジプトで出会い、暴徒に囲まれあわやというとき、ネモ提督率いるノーチラス号に救出されてからは一気呵成に面白くなる。
黒澤明七人の侍」を思わせるがごとく、ここから(上引用文にあるように)透明人間、そして一人二役のジキル博士&ハイド氏と、一人ずつ仲間を増やしていく・・・わけだが、その合間に登場する人物にしてからがなんとも多彩だ。


多彩というか、ひねってある、よく練りこんでいるのだ。例えば、死んだと思われていた(というか、原作で死んだことになっている)ハイド氏を、潜伏先のフランスで確保し、仲間にするためにLOEG一行に協力するのは、誰あろう「世界最初の探偵」オーギュスト・デュパン翁である。時代設定がややずれているため、相当の老いぼれになっているが、ホームズも激しくライバル心を燃やした(「緋色の研究」参照)その頭脳は衰えを見せず、重要な役割を果たす。


また、LOEGに加入する前の透明人間から被害に遭った女性は「それでも”よかった”を探すことにします!」とけなげに誓う(笑・・・誰だかわかりますね?)そして敵のラスボスはいささか錯綜しているのだが、ひとりはかつて安手のハリウッド活劇映画で活躍したフー・マンチューだ。
こういう、小ネタ部分も含めてたくさんのエピソードとキャラクターをつなげれば、つなげるほと面白くなってくるのですね。



そして、これは自慢ですが、この作品のストーリーの大きなポイントになる部分、実は私が既に思い付いて発表しているのですよ。えへん。前にも数度紹介したが

シャーロク・ホームズ 

 「最後の事件」の真相に関する一考察

http://www20.tok2.com/home/gryphon/JAPANESE/BOOK-SELECTION/sherlock.htm

ね。ここからはちょっとネタバレとなりますので、読みたくなければ適宜跳ばして欲しいが、要は「犯罪界のナポレオン」ジェームズ・モリアーティ教授は英国政府上層部からの赦免・黙認を得て、犯罪団と諜報組織の長を兼任しているという点、マイクロフト・ホームズが同じく英国諜報組織の関係者でそれに関わっているという点。
むろん、かの野心家が最終的に国家の飼い犬となっているわけもなく、LOEGと最終的には対決の時を迎えるのですが。


そして、LOEGは第二巻で、やはりといいますか火星人類との「宇宙戦争」に巻き込まれていくことになります。またネタばれになりますが、なんとLOEGから透明人間氏が裏切り、こともあろうに火星人と同盟を結ぶことになる。
まあ、チームものを書くときに、途中でうまく分裂させるのは王道でもありましてね。鉄の結束を誇っているかに見える「三銃士」だって、途中で敵に回る騎士も出ているのだ(ホントよ)。


実は、第一巻でいささか違和感があったのは透明人間グリフィス氏の性格設定で、なんちゅうかネット用語を使えば「DQN」キャラになっているのだが、原作ではそもそも透明薬を自力で発明したぐらいだから(最後はやや妄想気味になったものの)基本的にはインテリだし理屈も通る人だった。
おそらくは第二巻での裏切りを準備するために、逆算してキャラクターを作ったのだろうが、そうだとしたらその構想力をたたえたい。
この続巻では、LOEG内部での相互関係も深まり、その中でのドラマ設定も面白い。もともと反植民地主義者であり英国にとっては「敵」であったネモ船長(かれがインド人だというのは、この漫画の面白い趣向かな?と当初思っていたけど、注釈によると原作の続編にある公式設定だったそうだ。)の動向も面白いことになってくるし、意外なことに凶暴極まりないハイド氏が、ミナ・ハーカーに恋心・・・というか、まるで中世の騎士の如き崇拝の対象として崇めるようになったり、またそのミナとアラン・クォーターメインの関係なども、火星人との戦いの一方で深まったりする。


そして、激しさを増す火星人の攻勢に関して、地球側はついに「ジョーカー」を切る。本当の意味で、最悪でもあり最高でもある存在・・・・19世紀の架空人物が集うとするなら、まさに待ってましたの千両役者!が登場し、決定的なある「もの」の封印を切るのだ。

まことにまことに、やってくれたなと思うほかない。



作品的には、もうひとつかふたつのエピソードが用意されているかもしれない終わり方だ。
今度はネモが敵に回るかもしれないし、何よりもライへンバッハの滝からかの英国紳士にごご帰還していただかないことには、この作品が翻訳されている世界の誰が許そうとも、俺が許さん(笑)。



もし、第三巻が出るなら、私としては「沼のほとりのパドルビー」に住んでいたはずの、各国語および各動物後に通じた偉大なるドクター・ドリトル・・・・は少々時間的にずれているが、その弟子や忠実なる部下であった老オウムなどを登場させてもらえないか、と思う。
あとは、世界一周などというお遊びに飽きた紳士や、ロスト・ワールドの発見者など、イギリス・欧州周辺でもまだまだ登場していただきたい人物はいる。


一部では、階級の違いを超えた恋愛スキャンダルを起こした若きジェントリの登場を望む声もあるやもしれんが、そりゃ無理です(笑)