INVISIBLE D. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

「ひめゆり体験談は退屈」とテスト例文で−−−ある資料。

http://www.asahi.com/life/update/0609/007.html?t5
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050610-00000020-ryu-oki
などが概要。

コレに対し
http://eiji.txt-nifty.com/diary/

http://ultrabigban.cocolog-nifty.com/ultra/2005/06/post_7670.html

http://88th-night.tea-nifty.com/nekojita/2005/06/post_e868.html

http://blog.livedoor.jp/ese_sinsi/archives/24815337.html

http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/25115568.html
など、多くのブログで感想を述べられている。
たぶん、最近はてなダイアリー内で「ひめゆり」と書かれたブログはこの事件のことを語ってているはずだ。http://d.hatena.ne.jp/keyword/%a4%d2%a4%e1%a4%e6%a4%ea



ただ、ざっと見る限りではあまり触れられていないが、この論争は、実に8年ほど前に類似の事件が発生していたのですよ。


まだ、ネットに散発的にしか書いていない時代に、自分が別のHNで書いた文章が残っている。あまりにも若書きで練られておらず、恥ずかしいので一部引用のみにとどめるが、概要は分かるので恥を忍んで紹介しよう

・・・唐突ながら最近個人的に考えてる問題をひとつ。
加藤典洋の「敗戦後論」や池沢夏樹「むくどり通信」(週刊朝日)などに取り上げられたのですが、とある大学生のグループが沖縄へ反戦なんたらの企画で旅行し、地元の「語りべ」から悲惨な地上戦の話をたっぷり聞かされたそうです。ところが学生たちは帰った後、「あの人、自分の話に酔ってたみたい」などと正直な感想を書いてしまい、それが大問題になった・・・というエピソードです。


なぜこの話が気になるか、というと、大月氏(註:発表したサイトに、大月隆寛氏が当時出入りしていた)は一貫して「天下国家を大文字で語るな、それを「いま・ここ」の自分の問題にひきつけろ」と語り続け、またナンシー関女史らの「突込み」を揺るがない自分の価値観を持つものとして高く評価していました。(語りべのスタイルへの違和感−ツッコみは何というか、「ナンシー的感覚」でしょ?)」

また浅羽(注:浅羽通明氏)氏も、「天使の王国」で いわゆる80年安保のサブカル(「気分はもう戦争」など)が、自分にとっていかに反核運動を批判する力となったかを回想しています。

その点から単純に考えるに、涙ながらに悲惨な戦争体験を語る老婆を「自分に酔ってる」といいきれる視点は、いわゆる「戦後民主主義批判」の貴重な思想的遺産である・・・・・といっていいのでしょうか?
あるいはもっと別の、あるべき姿が何か存在するのでしょうか?それとも単純にマナーの問題としてとらえるべきなのか?


それへのレス


・・・その沖縄反戦云々のケースで言えば、語り部のもの言いに違和感が
あってツッコむのはもちろんいいのだけれども、でも、そのツッコんだ結
果、次の何か理解をめざせるという目算がないままだと、単なる無責任
な「お笑い」主義になってしまうのではないでしょうか。そして、それは
「情」をどこかに置き忘れたものにもなる。

 「芸」や「お笑い」の視点による「ツッコミ主義」が大衆化することに
よる「不人情」をどう乗り越えるか、ということなのではないでしょうか。
 で、それは「芸」や「お笑い」の「質」という論理だけで制御できるもの
でもないように思います。
 確かに今や「王様は裸だ!」とおおっぴらに言ってもよくなってきては
いますが、言った後どうするのか、裸の王様をもう一度ちゃんと王様を
やってもらうようにもってくのか、王様自体いらないと言うのか、だった
ら何が代案になるのか、などなど、みんながみんな考えなくてもいいに
せよ、どこかで誰かが考えないとまずい問題はぞろぞろ出てくる・・・・

加藤典洋」「ひめゆり」で検索してみたら、
加藤氏批判の文脈で一連の事実関係を紹介して
いるサイトがあった。やや長めに渡るが引用させてもらう


http://www.h3.dion.ne.jp/~kuikui/hihyou.htm

加藤典洋氏の、「がんばれチヨジ、という場面」(「新沖縄文学」№九四、一九九二年)と題されたエッセーの内容についてである。それによると、数年前、沖縄に校外実習に来た、加藤氏の教え子の学生たちが発行した、その報告書が、沖縄の人々のひんしゅくを買うということがあったそうである。


 それには、「(ひめゆり資料館では)被害者百パーセントの顔をして“さあどうだ”という感じでひけらかされたという感じが多少あった」とか、「(説明者に)不謹慎なことを言わせてもらえば“酔ってる”かもしれないと思った」といった水準の、表層のみしか受けとめられない、苦笑を誘うような幼い感想が寄せられていた。だが、率直である分、中には気になるようなものもあった。そういう本土の学生の感想の全分を掲げてみる。


 「十一月二十五日(日)。ひめゆりの塔の平和祈念資料館を見た。これでもか、これでもかと押し寄せる女学生の顔、顔、顔。そして惨事を綴った手記。私はもう嫌だった。戦争の惨事は確かにこれでもかの砲撃だったのだ。それくらい分かっている。私はこの資料館の悪意が嫌なのだ。悪意と呼ぶには余りにも失礼なら死者とその生き残りの者、その同窓生の怨念が嫌だったのだ。何のための資料館か。戦争を二度と繰り返さないためのもののはずだ。これじゃ自己完結してしまいそうだ。泣いている人もいた。当時を思いだして、或いは想像力でもって。でも私は泣きたくなかった。実際は涙が出そうになったときもあったけど、今私が泣いたら、この涙は私にとってのカタルシスにすぎない」。


 この一文は素直に書かれている分だけ、沖縄戦の、言葉にしがたいつらい体験をあえて沈黙の淵からたちあがらせ、伝えていこうとする者たちや、それらを、目をそらさず静かに受けとめて「共苦」していこうとする者らにとって、相当に刺激的な内容を含んでいたはずである。しかし、加藤氏はこの文に対して「応援したいと思った」とし、この文を書いた教え子の学生に対して「負けちゃだめだョ」と言ったそうである。なぜなら、その学生の文には、人が「異質な世界に接し、そこから何かを受け取ろうとする際の、しごくまっとうな態度が示されている」のであり、その文を書いた学生に対しては、「自分の最初の反応、唯一の考える足場を自分で守ってやれといいたかったのです」ということである。

しかし、私は・・・・・・・・


【参考推薦図書】吉田司ひめゆり忠臣蔵

ひめゆり忠臣蔵

ひめゆり忠臣蔵

同書の書評
http://www.ywad.com/books/729.html