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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

トランプ支持者を”定点観測”で追う「記者、ラストベルトに住む」。「大逆転再選」説も出る中、映画のような同書ご一読を。

気づけばあと数ヶ月後に迫って参りましたアメリカ大統領選挙
自分はこれでも統計学の信奉者(理解者だとは言ってない)ですから、これだけ統計的に支持率の差がつけばバイデンの勝利、トランプ再選の失敗は間違いないと思っていたが、「前回大統領選を番狂わせに導いた隠れトランプ支持者はむしろ増えている」という記事がこの前話題になりました。

…ロバート・カヘリー上級調査員は取材に対し「トランプ支持でも、そうとは言いにくい空気が4年前より強い」と指摘する。
(略)
1日現在、各種調査の平均でバイデン氏の支持率はトランプ氏を7ポイント上回るが、同社の調査では、五分かトランプ氏やや有利の展開という。カヘリー氏は「人々がバイデン氏の楽勝を信じ、結果が異なれば、選挙の公正さを疑われかねない」と語り、精度向上の必要性を訴える。
 隠れトランプ支持者の存在をめぐっては論争がある…(後略)
www.jiji.com

本当だとしたら、統計学がまたもあの不動産王の前にリベンジマッチで敗れることになり、本当に驚くべき事態となる。

そんな情報が来たので、トランプ圧倒的不利じゃあ、少しインパクト的には弱くなったかなーと感じていた名著をここで大急ぎで紹介しよう。
朝日新聞の金成隆一記者が書いた「記者ラストベルトに住む」である。


どこかでこの記者の名前を聞いたという人も多いかもしれない。
そう新聞連載の時から大きな反響を呼びその5岩波新書にまとめられこれまた大反響を呼んだ「ルポ トランプ王国」の著者の本なのだ、なのだ。


当然、自分は何度かブログで紹介している。
m-dojo.hatenadiary.com

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ただ、本格的に長文でこの本を論じることはなかった…。それはなぜかと言うと、実はこの本は面白いけれども、一般的なルポ、新聞記事以上に何と言うか「映画的」な 作品であり、自分はこの本の紹介文を書こうと思うたんびに「いやこの作品なら、むしろ漫画化したいにゃー」と思って、ブレーキがかかってたんだよ(笑)。
俺の漫画力は、このブログの古い読者ならご存知の通りだが(笑)、それでも、そう思うぐらいに。



何しろ最初の作品「ルポ トランプ王国」はファーストシーンからものすごいんだから。

2015年11月14日金成記者は、まだ共和党内の候補者争いをしていたトランプ集会の取材にが取材に赴いたが、飛行機が遅れて、そのまま だと集会に間に合わない。
その時、空港でアメリカ人の同業者(記者)が「俺もその集会に行く。車に乗せてやる」と申し出てくれる。その車の中で、金成氏は
「どうせ後で失速するんだろうけど、まぁ一応見ておくかと思ったんです」 と語ったところ、「君は本当になにもわかってないな」と、その記者は笑う。

そして、こう断言したのだ(2015年に、ですよ)
「ハッキリ言おう。トランプが共和党の候補になる。なぜって?集会の規模が違う。そして熱気が違う…」
そう言って、彼は去って行ったのだ。

なにこの、映画冒頭部は。



そして、新書のラストシーンは(※ネタバレご容赦。嫌な人は回れ右で)…


前作「ルポ トランプ王国」は、本当に傑作だったが、特にプロローグとエピローグが傑出していた。エピローグは、あまりにもできすぎた、見てきたような一場面だが、著者が本当に見てきたのだからしょうがない(笑)
最後のシーンをさらしてしまうのは躊躇するが、ほら「2」が出た時はテレビでも「1」を放送したほうが興行収益上がるでしょ。
そんなことで、「1」のラストシーンを紹介するね。
…トマスは深呼吸して続けた。 「大陸の真ん中に暮らすオレたちが本物のアメリカ人だ。エスタブリッシュメントは外国には旅行するくせに、ここには来ない。「つまらない」「何もないから行きたくない」と言う。真ん中の暮らしになんか興味なしってことだ。エスタブリッシュメントは、自分たちがオレたち より賢いと思っているが、現実を知らないのは、こいつらの方だ
テレビに映るカリフォルニア、ニューヨーク、ワシントンは、オレたちとは違う。あれは偽のアメリカだ。ルイ・ヴィトンのカバン? サックス・フィフス・アベニュー(ニューヨー クの高級百貨店)でお買い物?そんなのアメリカじゃねえ。みんなが映画で見ているのはニューヨークやロサンゼルスばかり、オレたちのことなんて誰も見ない。ここが本物のアメリカ だ、バカ野郎!」
すると、トマスの双子の兄フランク(42)が来て「この地図、ちょっと違うな」と言い、ノー トに何やら描き加え始めた。メキシコ国境沿いの壁だ。
「トランプが美しい壁を造るんだ」

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金成隆一「ルポ トランプ王国」ラストシーン

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金成隆一「ルポ トランプ王国」壁の絵

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……もうね、ここでエンディングテーマが響き、スタッフロールが流れていく展開ですよ(笑)。

あんまり映画的なので(そのせいか?)、岩波新書で出た続編が前代未聞の?「2」がつくスタイルだからね。


そしてぶっちゃけ、当方が今回紹介する「記者ラストベルトに住む」は、ややこの「トランプ王国2」とネタかぶりはするものの、それはしょうがない。これも含めたトランプ王国シリーズ、 スピンオフシリーズだと考えて欲しい(笑)。
この傑作シリーズをむざむざ岩波書店に渡すのは悔しいので、自社からも出したいと思う朝日新聞の決断は責められまい。






そしてようやく本題に入る。

今回紹介するこの「記者、ラストベルト〜」は、簡単にいえば「表題の通り」なのである(笑)

トランプ王国の最初のルポを書いて、 トランプ支持者たちの生活、心情、思想…をより深く知りたいと思った金成記者は、本社に「いわゆるラストベルト(アメリカ中西部においてかつて製鉄業や製造業で栄えたが今は衰退している(※だからラスト=錆で象徴される)地域のこと。オハイオ州など。)にアパートを借りて、近くの住民と交流して定点観測を行いたい」と提案、この企画が実現し たのだ。
ちなみにラストベルトよりもっと盤石なトランプ支持地域、共和党の牙城の地域はたくさんある。 むしろラストベルトとは伝統的に組合を要する民主党が強く「2012年の大統領選挙ではオバマが獲得し、2016年にはトランプが獲得した州」なので、それゆえに注目度や重要度が高いのであった。


そして金成記者は、最初の取材で知り合った人物を介して「この街でアパートを借りてしばらく暮らしたい」と相談すると…

たちまち人気映画の第3作目が始まる。

「ここがどんな町かわかってんのか?」
「〇〇通りは子供と一緒には絶対にいかない地域だぞ」
「お前のニッサン車で、交差点一時停止したらその瞬間に強盗犯に狙われるぞ」
「ドラッグの売人がうろつき、銃を使った犯罪は毎週起きている」
と、相談を受けた人とその友人達は口々に止める(どんな町だよ…)。
そしてお節介にもホテル業界で働く娘に声をかけて「特別料金で一泊35ドルという格安を確保させた、ここにしておけ」とか「そもそも早めに計画を教えてくれれば一緒に探してやったのに」と…。下町人情喜劇か(笑)
しかし、それでもアパートを借りて住むことに価値があるのだと説得した金成記者が本当に住み始めると、 ガレージから取り出したソファーやライトなどの日用品を提供してくれるのだ。

そう、基本的に、金成記者が知り合ったトランプ支持者たちは極めて下町的な人情を持っているのだ。


この本の中で非常に忘れがたいセリフがある。

バーで出会った娘さんから「父親は熱心なトランプ支持者で小さなサンドイッチ店をやってるの。話を聞いてみたら?」と紹介された 61歳の親父さん(ちなみに娘さんは、記者のノートに手書きで「無料サンドイッチ券、私のツケ、無料!」と書いてあげたそうな)。

「インタビューなんて初めてだ」と照れながら、しゃべる気満々で記者の前に立ったその親父さんは自己紹介として第一声でこう語った。
「私の名前はボブ・ローリー…70年代に父親がサンドイッチ屋を始めた。それから40年後、息子の私が今その店に立っている…私の人生は、ここに出勤し、家に帰り、(光熱費などの)請求書をきちんと支払う。それが私のしていることだ(work here and going home,paying the bill)
「人生とは働き、帰宅し、 月々の請求書はきちんと支払うことだ!!」
こんな人生観と倫理観の持ち主が、 トランプを支持したのである。トランプ本人は破産法などを上手く使い結構支払いを踏み倒したりしてるのに(笑)。

この人だけでなくトランプ支持者には真面目に働いたこと、そして家賃や公共料金の滞納をしていないことを誇っている人が多かった、と記者は保証している。


そしてこのボブさんは、 いかに個人経営のサンドイッチ店が大規模チェーン店との競争で苦戦しているかを語り続ける。朝5時に出勤し、ソースやミートボールの仕込みから始める。一つ一つのサンドイッチに肉を入れすぎれば商売にならないから、少なすぎず多すぎず。バイトの手元をチェックする必要がある。うちはレタスひと箱29ドル払うが、 フランチャイズなら大量購入だから半分以下だろう。30年前は経営も楽だった、大手とも競争しなかった。店に鍵も必要なかった。30年で昔より良くなったのは「刻みレタス」で売られて、自分でレタスを切らなくなったことぐらいだ…

どうだこの言葉の圧倒的なリアリティ……
こういう言葉を引き出す英語力やコミュニケーション力、そして一人を小さな街に住まわせるだけの取材費用……なんだかんだ言ってもこれが the 朝日の底力なのである。


その余談はともかく、そんな、やや頑固で辺境ながらも真面目に働き、小さなビジネスを回している人がなぜトランプを支持するのか?
「トランプの政策のほとんどのことは別に私の暮らしを楽にしてくれるわけじゃないよエルサレムの認定とか北朝鮮問題とか…減税だってどの大統領も言ってきた。そこじゃないんだ」
「どう説明すればいいのか分からないのだがな、私は彼を見ているのが楽しいんだ。しんどい日も彼は私を笑わせてくれる。ニュースを見ていたくなるんだ」
「トランプは私達と同じ言葉を話す」
「私が育った頃は全てがイージーだったが、今ではメリークリスマスも言いにくくなっただろ。ハッピーホリデーという人もいるけど、私が子供の頃はそうでなかった。それが正しいかと聞かれると、私にはよくわからないが」


それぞれがバラバラのように見えて点と点をつなげるとじわりと「トランプ王国」の国境線が見えてくる。



その後も金成記者は、 次々と人々にインタビューを試みる。当然ながら、 前述のボブさんと同様、メディアにインタビューをされる機会などは滅多に無い人達。
勇んで、しかしお仕着せの言葉ではなく自分なりの言葉でトランプ支持の理由を語っていく。

慣れてないから時々地元の人しかわからない固有名詞がバンバン入ってくるのはご愛嬌だ。
「まるでフォートノックスだよ」「8番工場の建設は30年代だっけ」…云々
…驚くなかれ、そこには 民主党オハイオ州トランブル郡の委員長と幹部一同までいるのだ。



ちなみに日本のタバコ屋日本のお菓子…ヨックモックのシガールや北海道土産の白い恋人が物凄い好評で「こんなにうまいものを初めて食べた」「友人にも食べさせてあげたい」と、異世界モノの定番みたいな展開になって(笑)、 それは取材のえがたい潤滑油になった様子。日本スゴイ(笑)



75歳の白人女性カレンはこう語る。
「2008年も2012年もオバマに入れた。理由は彼が民主党候補だったから。以上」「でも、もうインチキされるのにうんざりしたのね。口ばっかり。だから政治家にはうんざりなの。トランプが政治家ではないという事実が気に入ったわ」


民主党オハイオ州トランブル郡の幹部たちはこう語る。
「そもそも俺たちはな、ケネディ時代の民主党員なんだ。トルーマン時代と呼んでもいい。民主党は働く人々の政党ってことを強調すればいい。民主党はもっと真ん中に戻る必要がある。リベラルになってはだめだ」
 
「私はいつも、自分の暮らしにどんな影響があったのかで評価するよ。国際情勢のことはよく分かっていないかもしれないが自分の暮らしのことなら誰よりもよく知っている。自分のポケットに何が入っているか、自分の銀行口座の状態は…それで態度を決めトランプで試してみた」


トランプに批判的なのに投票した人はこう語る。
「彼はクソ野郎だ。聞いていれば分かるだろ?それでもワシントンの政治家たちにむかって「たわ言をほざくな(no bullshit)」と言えるやつだから、もしかすると本当に変化を起こせるかもしれない 」



それぞれ、トランプ支持者、だけではなく、安倍自民党の支持者も、或いは山本太郎橋下徹石原慎太郎小沢一郎小池百合子……の支持層などと重ね合わせてもいいかもしれない。



もちろん、トランプ支持者が皆ハッピーで楽天的なわけではない。
と言うかこの小さな町で金成記者が取材していたら、「それを取材するつもりはないのに否応なく薬物事件が頻発してその取材に関わらざるを得なかった」というぐらいなのだ。
実際、面識ある女性が薬物中毒で死亡し、その恋人が…上記の日本のお菓子について「リンダは君がくれた日本のクッキーを本当に喜んでいた。死ぬ前にあんな美味しいものを食べさせることができて俺も嬉しいよ」と告げる、そんな場面も出てくる。
と言うか、巨大なデモが暴動になったとか、新しいウイルスが爆発的流行の兆しがある、と言った時に発せられると思っていた非常事態宣言が、地元の自治体では「薬物(オピオイド)中毒の蔓延のため」に発せられていたのだから!4月の時点で39人、直前の1週間で8人が死亡していたという。



金成記者は時に、この街を離れて、トランプに対抗して女性の政治進出を後押ししようという運動や銃犯罪を受けて規制強化を訴える高校生の運動など、反トランプの息吹も伝えている。


そのまた逆に、 白人至上主義団体がケンタッキーで集会を開く時には取材を申し込んだ りもしている。その取材では、「アメリカ帝国主義が日本に干渉することも許されない」「白人同様に日本人も優等な人々だ」「白人が誰かより優秀というつもりはない。しかし私の仲間=白人が最も醜くて愚かでも、守られる権利があると考えるのだ」「白人だからそれゆえに最上位にいる、は間違いだ。我々は自分たちに価値があることを証明しなければいけない」といった、奇妙な理論的変形を遂げていることも記録され、たいへんに興味深かった。

また、ちょっと面白いのは、その集会に向かう時に金成兼成記者は地元のトラック運転手の白人男性から「中国人は来るなここを立ち去れ」と声を張り上げられたのだが…これは「危険だから、お前らはこの辺に近づくな」という彼の身を案じた注意喚起だったのだ。
その砂利運搬業のデイビットにも金成記者はここぞとばかり(笑)話を聞くのだが…、彼は「あいつらがどこから来たのかは知らないがここはケンタッキーだ。ここにはケンタッキーのやり方ってものがある。次も俺のことを笑いものにすればこのトラックの荷台に積んで山奥に捨ててやる。なぜ中国人や黒人だからって嫌うんだ?ほっておけよ。人がみな自分のことだけ心配していれば、世の中はもっとマシになる」
という、リバタリアンと言うか、 別の意味でものすごく「よそ者」を嫌がる価値観が、白人至上主義に対しても向けられている、という、ちょっと変わった挿話。
偶然のなせる技かもしれないが、しかしここに取材者が足を運ばないと、このような想像を超えた取材結果は生まれないのである。



そういった、アメリカ合衆国の「光と影」の全体像を、まるでプリズムのように一旦小さな町の一点に集約させ 家出そうとしたこのルポルタージュ

秋の結果がどうなろうとここに描かれていた問題は、21世紀も超大国の座は譲らないであろう、巨大な実験国家と、そこに暮らす人々が抱えながら続いていることは疑いない。


金成隆一記者のアカウントはこちら。
twitter.com

(了)

テレビ局は「ドラマ撮影を、コロナ再拡大を受けて再び中止します」とは…

……まだ、どこも言ってないよね??

まあ、ことほど左様に、一度再開した経済活動に再ブレーキをかけるのが難しい。


あとからふりかえれば「後手後手」と言われるカモしれないけれども。




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李登輝氏逝去・新聞社説集

毎日新聞 台湾の李登輝氏死去 平和的な民主化を導いた

毎日新聞2020年8月1日 東京朝刊


 台湾の李登輝(りとうき)元総統が亡くなった。97歳だった。中国共産党との内戦に敗れて台湾に渡った国民党の一党独裁体制を終わらせ、平和的に民主主義体制へ移行させた。

 蔣介石(しょうかいせき)、蔣経国(けいこく)父子が率いた国民党政権は中国生まれの「外省人(がいしょうじん)」中心の体制だった。農業の専門家だった李氏は台湾生まれの「本省人(ほんしょうじん)」ながら能力を買われ、副総統に登用された。

 1988年の蔣経国総統の死後、憲法の規定で台湾出身者初の総統に就任した。国民党主席にも選ばれ、内戦時に総統に独裁的な権限を与えた憲法の臨時条項を廃止して民主化に乗り出した。

 外省人既得権益に切り込み、40年代に中国大陸で選出され、長く議席を保っていた「万年議員」を説得して引退に追い込んだ。

 国民党体制に不満を持っていた本省人民進党など野党勢力からの信任も得て大きな混乱なく民主的な議会選挙を実施した。

 対中関係では中国との接触を認めなかった政策を改め、民間窓口機関を通じた中台対話を始めた。一方で台湾の主体性や日米両国などとの関係を重視し、中国からは「独立派」と警戒された。

 95年の訪米後、中国は翌年3月の初の総統直接選挙をにらんで台湾周辺でミサイル演習などを繰り返した。米国が空母を派遣し、「台湾海峡危機」に発展した。

 だが、李氏は中国に反発する台湾住民の圧倒的な支持を受けて初の民選総統に当選し、民主的な体制への移行を完成させた。

 民主化や台湾の自立を使命と考える一方、現実を踏まえた政策を進める戦略家だった。総統時代には統一を否定しなかったが、2000年の退任後は独立派を支援し、国民党とたもとを分かった。

 日本統治時代に旧制台北高校から京都大学農学部に進んだ。94年に対談した作家の司馬遼太郎氏に「外来政権」に支配されてきた台湾人の「悲哀」を語っている。

 世界の民主化を主導してきた米国で黒人差別に反対する大規模な抗議行動が起こり、香港では国家安全維持法が施行されて政治的自由が大幅に後退している。

 民主主義の行方に懸念が高まる中、「ミスター・デモクラシー」と呼ばれた李氏の歴史的な業績を改めて思い起こしたい。
https://mainichi.jp/articles/20200801/ddm/005/070/115000c



朝日新聞 (社説)李登輝氏死去 築き上げた民主の重み

2020年8月1日 5時00分 

 台湾の李登輝(リートンホイ)元総統が亡くなった。97歳だった。

 独裁から民主への制度転換を平和裏に進めた業績は、歴史に深く刻まれる。強大化した中国が民主主義に逆行するなか、台湾の自由は、その重みをいっそう増している。

 1980年代後半、中国大陸出身者が中心だった国民党政権で、初めて台湾出身の総統となった。その後、政治の自由化を加速させた。民意を反映させる議会改革を断行し、初の総統の直接選挙を実現させた。

 米国を引き寄せ、台湾での権力闘争を勝ち抜く上で改革を推進力にしたとの見方もあろう。だが随所で国際潮流を読み、社会を混乱させることなく、民主化を軟着陸させた手腕は高く評価されるべきだ。

 中国共産党政権が同じころ、天安門事件民主化の芽を武力で封じ込めたのとは対照的だった。台湾はいまやアジアの代表的な民主社会であり、高い経済力も身につけた。

 中国のような弾圧などしなくとも、安定した発展が可能であることを中国の人々に証明してみせた。

 ただ、中国との関係は悪化した。90年代半ばには台湾海峡危機が起き、緊張も高まった。人口2300万の台湾にとって、14億人の中国はあまりにも巨大だ。国防費は台湾の約15倍、経済規模は二十数倍に上る。

 圧倒的な力を持った共産党政権は政治改革を口にすることもなくなり、「一国二制度」を約束した香港では、自治の権利を強引に奪おうとしている。

 いまでは台湾の存在感の最大のよりどころは、民主と自由という理念にほかならない。

 コロナ禍でも、それは如実に示された。当局の積極的な情報公開によって市民が自発的に感染防止に動いたことが世界の注目を集めた。個の自由に否定的な中国の強権と比べ、個の自主と活力を尊ぶ文化が台湾の強みとして根付きつつある。

 日本は先の大戦に敗れるまで半世紀、台湾を植民地支配していた。その歴史を背景に、李氏は日本にとって特別な政治家だった。植民地時代の台湾で生まれ、京都帝大に学んだ。日本軍人として終戦を迎えた。

 流暢(りゅうちょう)な日本語で「22歳まで自分は日本人だった」などと語る言葉が、当時を肯定するかのように受け止められることもあった。だが、本人は動じることなく、ときに日本の政治家について「小手先のことばかり論じている」と厳しかった。

 日本は台湾との歴史にどう向き合ってきたのか。これからどんな関係をめざすのか。そんな重い問いを、日本人に静かに考えさせる存在でもあった。
https://www.asahi.com/articles/DA3S14570856.html


産経新聞 【主張】李登輝氏死去 自由と民主の遺志次代へ

2020.7.31 05:00コラム主張 
李登輝氏死去

 台湾の李登輝元総統が97歳の生涯を閉じた。

 「民主化の父」として知られ、戦後の台湾を独裁支配した中国大陸由来の国民党政権を、6回の憲法改正などで内側から改革した。心から哀悼の意を表すとともに、満身の力を込めて自由と民主主義を守った強固な意志を次代につなぎたい。

 親日家としても知られ、流暢(りゅうちょう)な日本語で日本の人々にも親しまれた。その姿は忘れられない。

 国民党政権が戦後、台湾で行ってきた反日教育をやめさせたのは、2000年まで12年間、総統を務めた李氏だ。日本統治時代の台湾で進んだ教育制度や衛生観念の普及、インフラ整備といった史実を再評価し、新たな歴史教科書を編纂(へんさん)して教育改革を行った。

 李氏の改革がなければ、中国や韓国にも似た反日世論が、台湾になおも残っていた恐れがある。李氏の功績を日本政府は認め、いまからでも叙勲を検討すべきだ。

 日本統治時代の大正12(1923)年に台湾で生まれ、旧制台北高から京都帝大(現京大)に進んだ李氏は、学徒出陣を経て、旧日本軍の陸軍少尉の立場で終戦を迎えている。日本人の良さも悪さも知り尽くしている人物だった。

 アジア民主主義の政治リーダーとして強い存在感を示し続けてきただけに、「李登輝なき台湾」の行方が気になる。

 現在の蔡英文政権は、李氏が敷いた民主化路線の延長線上を走っている。だが、台湾を自国領と主張して圧力をかけ続けた中国の習近平指導部が、国家安全維持法施行で香港の「一国二制度」を形骸化させたのに続き台湾に照準を当てることは容易に想像できる。

 対米関係の急激な悪化と経済の混乱、新型コロナウイルス禍など、山積する国内問題を対外問題にすり替えるのは中国共産党の常套(じょうとう)手段である。

 日本の本州から九州、沖縄、台湾からフィリピンへと連なる西太平洋の民主主義による「第一列島線」に包囲されている中国は、突破口がいますぐにでも欲しい。

 地政学上、台湾のすぐ隣に位置し、互いに中国の脅威にさらされ続ける日本が、民主主義陣営として改めて台湾との確固たる信頼関係を示すべきときではないか。

 コロナ禍ではあるが、葬儀に日本政府は、弔問のための要人派遣を検討すべきだ。日本は最大限の誠意をみせねばならない。
https://www.sankei.com/column/news/200731/clm2007310003-n1.html



東京新聞 李登輝氏死去 台湾の悲哀と誇り体現

2020年8月1日 07時36分

 九十七歳で死去した李登輝氏は晩年、「新・台湾の主張」(PHP新書)の中で、「政治というのは結局、協調である。政権を握ったからといって、与党が政治のいっさいをコントロールするわけにはいかない」と述べている。
 台湾政界での国民党から民進党への政権交代をめぐる述懐である。中国共産党の一党支配が続く大陸への批判ではないが、独裁的な統治に断固反対する姿勢こそ、李氏の真骨頂であるといえる。
 それが、一九九六年に自ら実施した初の総統直接選挙で54%の得票率で当選し、台湾史上初の民選総統になった原動力だった。
 台湾統一を悲願とする中国は、李氏を「台湾独立論者」と痛烈に批判してきたが、李氏は何よりも民意を重んじる政治家であったと評価されるべきであろう。
◆「政治自由化」の扉開く
 李氏は旧制台北高校を卒業し、戦前の京都帝国大学台湾大学で農業経済学を専攻した。七〇年代に蔣経国総統がその学識を高く評価して政務委員として入閣。台北市長、副総統などを歴任した。
 蔣経国氏を引き継いで総統になったが、大陸から来た蔣介石、蔣経国が率いた国民党の強権政治を転換させた功績は大きい。
 台湾は、八七年に解除されるまで三十八年間戒厳令下にあった。政治活動や言論の自由などは厳しく制限され、「白色テロ」と呼ばれる市民の逮捕・投獄が横行した。
 李氏は、総統としては異例の外国人記者との会見を開いて台湾民主化をアピールしたほか、大陸統治時代に選出され改選されずにきた高齢の終身議員を依願退職させるなど議会改革にも踏み込んだ。
 台湾で初めて政治改革に乗り出した先見性が、現在、台湾の人たちが享受している政治の自由化への重い扉を押し開いたといえる。
◆日本精神称える親日
 李氏を語る時、忘れてはならないのは「台湾の悲哀と誇り」を自身が強く感じ、その思いを台湾統治に結実させてきた政治家であるという視点であろう。
 李氏は九〇年代初め、台湾を訪れた作家の司馬遼太郎氏と対談し「台湾人に生まれた悲哀」に言及した。その悲哀とは、戦前の日本植民地時代には日本人として生まれながら、本土出身の日本人と差別され、祖国復帰後は大陸から来た外来政権が権力を握り、台湾人が抑圧されてきた歴史である。
 それだけに、九六年の総統直接選について、李氏は「国民党の総統ではなく、台湾の有権者が選んだ台湾人の総統ということになる」と強調した。この選挙こそ台湾人が誇りを取り戻した第一歩と、李氏は感じたに違いない。
 李氏は日本語に堪能で親日家として知られる。「誠実、責任感、勤勉などの日本精神を日本統治時代に学び、台湾人が自らの誇りとした」と称(たた)えたことは、日本人として率直に感謝したい。
 だが、東アジアの政治指導者の一人である李氏が若き日、学徒出陣で出征し、旧日本陸軍少尉として名古屋で終戦を迎えた歴史からも目を背けることはできない。
 戦前の日本が、アジア諸国を侵略し、李氏の心から終生離れることのなかった「台湾人の悲哀」の一端をつくった責任は否定できない。
 李氏自身は批判していないが、こうした負の歴史の教訓を私たちは忘れるべきではない。
 九九年に李氏は「(中台の)両岸関係はすでに『特殊な国と国の関係』であるため、いまさら台湾独立を宣言する必要はありません」と発言した。「二国論」と報じられ、中国は「二つの中国をつくるたくらみ」と、批判を強めた。
 その李発言から二十年余。民主台湾で教育を受けた若い世代は「自分は中国人ではなく台湾人」「台湾は台湾」と考える。
 彼らは生まれながらの「天然独」と呼ばれ、中国が敵視する「老台独(古い台湾独立派)」とは異なる。
 台湾人意識を育んできた若い世代が社会の中核になろうとしている。「国際的に摩擦を起こす発言は必要なく、台湾が台湾として存在することが重要」という李氏の訴えに近い台湾が出現している。
◆中国には苦々しい現実
 近年の世論調査では、七割以上が中台の政治的「現状維持」を支持している。
 中国が台湾統一のため編み出した知恵が「一国二制度」である。だが、その制度を五十年間守ることを約束した香港で中国が国家安全維持法を施行し、自治を踏みにじった事実を、台湾の若者たちも見つめている。
 李氏を「台湾独立派」として攻撃してきた中国には苦々しい現実かもしれないが、民主を重んじる若い「天然独」の台湾での台頭を、大陸の指導者は冷静に受け止めるべきであろう。
関連キーワード
https://www.tokyo-np.co.jp/article/46322



日経新聞 [社説]李登輝氏が残した貴重な遺産

社説
2020/8/1 19:00日本経済新聞 電子版

来日時の投宿で李登輝氏が植樹した枝垂れ桜と「我是不是我的我(私は私でない私である)」という揮毫(きごう)を刻んだ碑(秋田県仙北市の温泉宿「都わすれ」で)
来日時の投宿で李登輝氏が植樹した枝垂れ桜と「我是不是我的我(私は私でない私である)」という揮毫(きごう)を刻んだ碑(秋田県仙北市の温泉宿「都わすれ」で)

台湾を自立した民主的な政治体制に導いた元総統、李登輝氏が97歳で亡くなった。「台湾民主化の父」が残した遺産は貴重である。一方、複雑な中台関係、国際政治も踏まえ、それを継承するには相当な努力と手腕が必要になる。

民主進歩党民進党)出身の総統として2期目の蔡英文氏にとって国民党を率いた李氏は政治の師だ。気鋭の政治学者だった蔡氏は李氏をブレーンとして支えた。

台湾の戦後政治は国民党とともに中国本土から逃れてきた外省人が中心だった。李氏が道筋を付けた公正な選挙に支えられた政治では台湾に長く住む本省人も主役になった。台湾の民主を磨く責任は蔡氏を含む与野党双方にある。

野党国民党は混乱中だ。「中国離れ」を選択した有権者を前に国民党も「親中色」を薄めつつ党勢立て直しに腐心せざるをえない。こうした台湾情勢は独立を警戒する中国との摩擦も生む。

香港の「一国二制度」はそもそも台湾統一の手段だった。だが中国は香港住民の民意を顧みず香港国家安全維持法を施行し、自ら一国二制度を形骸化させた。

台湾側は中国の軍事圧力を懸念する。そこには緊迫する米中対立も絡む。万一、台湾周辺で偶発的衝突があれば日本の安全保障に直結する。十分な警戒が必要だ。

過去に例がある。1996年、初の総統直接選挙で李氏が選ばれる前、独立を警戒する中国は台湾付近にミサイルを発射し米空母2隻が台湾海峡に入った。似た緊迫の事態が起きないとは限らない。

1世紀近い天寿を全うした歴史の証人は京都帝大(現京大)で農学を修めた日本通で日台交流に尽力した。日本にとって台湾は重要だ。経済が軸の安定した関係づくりへ努力を惜しむべきではない。

「私は私でない私である」。13年前、投宿した秋田県の人里離れた宿には植樹した枝垂れ桜と漢文の揮毫(きごう)を刻む碑がある。民主台湾へ道を開いた政治指導者が引退後、残した無私の心に通じる言葉の意味をかみしめたい。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO62197560R00C20A8SHF000/



李登輝秘録

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  • 作者:河崎眞澄
  • 発売日: 2020/07/31
  • メディア: 単行本

朝生、田原氏はせめて「司会」ではなく『向こう正面』に…/そして三浦瑠麗氏に『基調演説』されても困る

2020年7月31日の「朝まで生テレビ」感想。

やはり、田原総一朗氏はもう司会を退いた方がいい。
それは、どんなにかつては敏腕だったジャーナリスト、名司会だろうと、やはり基本的には年齢による衰えが来ているのだ。

「論理の反射神経」という部分、誰かの長い話を聞き、要点を頭の中で整理し、それに自ら質問したり、反対意見を持つ人にふる能力……それが、「衰えて」きた(元からあったかどうかはともかく、そういうことにしといてくれ)

それは主観の問題だ、と本人が言うかもしれないが、それなら客観的に分かる「滑舌が衰え、しゃべってることがもごもごして視聴者が聞き取りづらい」ということを理由にしてもいい。
それでも視聴者は構わないと思って聞いてくれる、というのは永六輔か秋山ちえ子的な、古い客を持ったラジオDJぐらいなものではないか(笑)


そこで。
「もう、若手にその場を譲ってほしい、だけど大物過ぎて、かつては番組の顔にし過ぎたんで、そのままクビにするのもちょっと苦しい」
ときにですね、そのひとを

「向こう正面」

に配置する、というのはどうでしょう。もちろん、その視点から全体を見て頂き、時々ずばっと全体像を斬ってもらうために、向こう正面という重要なポジションをお願いするんです。


「向こう正面」をそんなふうにつかった例があるか、ないかはわかりませんが。

U.W.F.International 最強伝説 vol.1 1991-1994 [DVD]

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  • 発売日: 2002/09/17
  • メディア: DVD
泣き虫 (幻冬舎文庫)

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三浦瑠麗氏に「基調演説」を担われると違和感。

自分は、氏が朝生に出ること自体は反対ではない。というか、はっきりいって最近のレギュラー的に登場するひとは、政治家も含めて、彼女よりさらーに下、少なくとも興味を持てないような論者が多いと思う。
それは純粋な識見の面でも、「大島渚」や「野坂昭如」「小田実」「西部邁」らがやったような、暴走激論をするテレビ芸人としての意味でもである。

だけれども、三浦氏が、実際番組では田原総一朗から、大幅に時間と「節目」の部分、総括的なポジションを与えられていることは明白でな……。
つまりだ、木村健吾にメインを任せますか。タイガー戸口にメインを任せますか。

そういうものでしょ。
一時期、荻上チキ氏や宮崎哲弥氏が、体調不良の田原氏にかわって司会をしたときは、そういう総括役を自分が兼任していて、まだそっちのほうがよかったと思うのです。

以上、感想。



それでも、逃げない (文春新書)

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私の考え(新潮新書)

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前回よりはマシそう。朝生のテーマは再度「コロナ」

この前のコロナがテーマの時は全然話が深まらなかった。
これほど、いま争点が明確なのは近年無いはずなので、あとは論者をどう集めるかだろう。一応今回は医者2人。
統計学者なども呼んでほしかったけど。
まあ、前回よりは盛り上がると思うのです

2020年7月31日(金)
深夜1:25~4:25
激論!“新型コロナ”と戦後75年ニッポン
これでいいのか?!新型コロナ対応
 ド~する?!検査体制
 ド~なる?!ワクチン・治療薬開発
 ド~する?!医療提供体制
 ド~する?!感染抑止と経済活動
政府・自治体は何をすべきなのか?!
戦後75年!コロナで見えた、
日本の強さ、弱さとは?!

 
今月の「朝まで生テレビ!」は、戦後75年を前に、新型コロナ感染症で日本の、世界の形が変わっていく中にあって、政府・自治体の新型コロナ対応はこれでいいのか、ワクチン・治療薬開発、医療提供体制の現状と課題、そして猛威を振るい続けるコロナとどう共生していけばいいのか等々について各界の論客をお招きし徹底討論する予定です。
番 組 進 行:渡辺宜嗣テレビ朝日
村上祐子テレビ朝日
司   会:田原総一朗
パネリスト:武見敬三自民党参議院議員
大塚耕平(国民民主党参議院議員


猪瀬直樹(作家、元東京都知事
岩本京子(テレビ朝日報道局厚生労働省担当)
上昌広(医師、NPO医療ガバナンス研究所理事長)
夏野剛(慶応大学大学院特別招聘教授、㈱ドワンゴ代表取締役社長)
二木芳人(医師、昭和大学医学部客員教授
三浦瑠麗(東京国際大学特命教授、創発プラットフォーム客員主幹研究員)


www.tv-asahi.co.jp

朝まで生テレビのテーマ POSITIVE FORCE ORIGINAL COVER

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  • 発売日: 2014/01/15
  • メディア: MP3 ダウンロード

問題はアカウント名寄稿ではなく…朝日「WEB論座」は『Dr.ナイフ』氏に、文春オンラインは『cdb』氏に依頼した現状。

webronza.asahi.com


反響在りますよのー。ブクマがこちら
b.hatena.ne.jp


で、その「反響」のなかには、「twitterのアカウント名(匿名)で、朝日新聞内のサイトに寄稿していいのか。それを認めていいのか」
という話があるのだが、それは別にいーんじゃない?内部で、把握はしてるっしょ。そうじゃないと原稿料(1万円???)は、現金を直接受け取る取っ払いになっちゃうし。

それは「保育園落ちた日本死ね!!」のはてな匿名ダイアリー記事執筆者が、そのまま、さまざまなメディアのインタビューに、その立場(増田)のまま答えたのとも変わらない。
ちなみに「沢木耕太郎」は完全筆名で、本名を公表していないが、それについて取材された時(取材したのは噂の真相
「本名を公開するなら、ペンネームの意味がないじゃない」のひとことで回答していた。



問題はだな……「この差」なんだよ!!!!!!!!
bunshun.jp


webronza.asahi.com

かつて、文春と朝日は、その言論スタンスが、対のように対比されていたが………この件では、明確に「差」がついてるんじゃないでしょうか。どっちがどっちとはいわんが。


これ、わざと「自分は彼をフォローすらしてない、そんな評価スタンスだ」と言いたいがためのツイートだな(笑)

「河野太郎氏が首相候補に浮上」という記事が増えている

ポスト安倍/河野人気じわり拡大/発信力定評、鍵握る麻生氏

 河野太郎防衛相が「ポスト安倍」候補の一角に食い込んできた。発信力に元々定評があり、地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」計画は中止を決断。世論調査で「次の首相」人気がじわりと広がる。来年の自民党総裁選出馬には、所属派閥を率いる麻生太郎副総理兼財務相の了承が必要だ。強固とは言えない派閥メンバーとの関係を築き、協力を仰げるかどうかが鍵を握る。

 「防衛省の競り売りなんて、有史以来初めてじゃないか。麻生財務相にしっかり売り上げを報告したい」。河野氏は26日、財源確保のために開催した自衛隊装備品オークションで意気込んだ。練習艦の操舵(そうだ)輪やヘルメットといった中古装備を競売にかける試みで、河野氏が主導。競売人も務め、満足げにハンマーをたたいた。

 世間の耳目を引くのは得意だ。河野氏ツイッターのフォロワー数は165万人を超える。恋愛相談に乗るなど「議員らしからぬ柔らかさ」(女性フォロワー)で若者の支持も獲得。1年前の約70万人から急伸し、国会議員で最上位級に入る。
(略)
 6月20、21日の共同通信世論調査で「次の首相」に河野氏を選んだのは9.2%に上った。石破茂元幹事長、安倍首相に次ぐ3位。自民支持層で見ても11.2%と好位置につける。

 ただ、上司である麻生氏はポスト安倍候補として、岸田派の岸田文雄政調会長らをにらみ…… 17日夜、麻生氏から東京都内の老舗ホテルに呼ばれた河野氏。2人でステーキを食べながら(後略)

www.toonippo.co.jp
※もとは共同通信の配信

ポスト安倍」で激突、河野&西村両大臣の明暗 首相レースは大混戦、今秋が勝負どころか

 ここにきて閣僚としての存在感が際立ち、「ポスト安倍」候補にも名前の挙がる河野太郎防衛相と西村康稔経済再生・コロナ担当相。両者の派手な言動が永田町の注目を集めている。

 河野氏は陸上迎撃ミサイルシステム(イージス・アショア)配備計画の「停止」を、西村氏はコロナ対策での政府専門家会議の「廃止」を、どちらも唐突に宣言して、政権内外に賛否両論を巻き起こした。

 どちらの「宣言」も、事前に政府・与党や関係者への根回しがほとんどなかったことで、「独断専行の政治的パフォーマンス」(自民幹部)などの批判や反発が相次いだ。ただ、国民レベルの評価は河野氏が高く、西村氏には批判的な声が目立っている。ポスト安倍レースでも明暗が分かれる展開と…(後略)

www.msn.com

河野氏ポスト安倍」に浮上 地上イージス撤回で注目 世論次第 ダークホースに

……コスト削減を理由に打ち出した地上イージス計画の停止は、党内の反発を招いたものの「国民には決断力があると好意的に受け止められた」(党関係者)。行政改革に熱心で行革担当相を務めたクリーンな印象も重なる。谷垣禎一前幹事長が勝利した2009年の党総裁選に、世代交代を掲げて出馬した経験もある。

 首相の「意中」の岸田氏は国民の人気が乏しく、政権批判を続ける石破氏は党内基盤が弱い。岸田氏と距離を置く菅義偉官房長官河野氏の手腕を買う。「首相は岸田氏に禅譲できない場合、頭の中に3人の候補がいる。茂木敏充外相と河野氏、菅氏だ」と官邸筋は語る。首相と菅氏は河野氏で一致できる余地がある。

 度量を疑問視する声はある。外相時代、徴用工問題を巡り駐日韓国大使に「極めて無礼だ」と声を荒らげた。記者会見で北方領土問題に関する質問を4回連続無視したことがあり、時に不遜な態度が表に出る。

 政府高官も「突破力はあるがチームプレーは不向き。こだわりが強すぎる」と評する。地上イージスを巡り二階俊博幹事長は「何の相談もなく一方的に発表された」と苦言を呈した。所属する麻生派麻生太郎副総理も擁立に消極的だ。

 脱原発を盛んに唱え、自民党内で異端扱いされた過去もある。(略)…「変人」とやゆされつつ総裁選に挑み続けた小泉純一郎元首相と重ねる向きも…(後略)

www.hokkaido-np.co.jp


これで思い出すことがある。
2006年、優性選挙で大勝しつつも次の総裁選に出馬せず退任することを表明した小泉純一郎首相のもと、総裁選レースが始まったとき、河野太郎は総裁選出馬にそもそも必要な議員20人の「推薦人」も確保できないまま「私は総裁選に出馬したい」と会見した。その時に、その大前提(推薦人はいるの?)を問われた時「世論が推薦人のかわり。世論調査で『次の総理に期待する人』で私の名前が浮上すれば、それをてこに推薦をお願いする」としたのだった。

その結果…どうなったかというと、確かに名乗りを上げたところ、一定の支持が世論調査で出てきた。
だが、そもそも「次の総理に期待する」は、無差別に名前を挙げていい形式の調査と、調査側が候補を列挙するタイプがあり、後者に彼の名前を入れる社がそれほど多くなく、結果的にスタートラインにもつけなかったのだ。
いや、それで多少の話題を呼んだのだから、スタートラインにはまんまとこぎつけた、のだろうか。それから、十数年たって、本当の総理候補となったという。
くわしいことは、この本に書いてある。

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河野太郎徒手空拳で挑んだ2006年総裁選


ここでも別の視点で少し紹介してたな

m-dojo.hatenadiary.com

小選挙区下では、党首の人気がここの議員の当落に直結する。だから党首選も”公選”的になり、世論の人気が左右する。

・ただ「候補一覧」をつくるだけで一つの選択。
例えば候補は与党議員だけなのか、野党も入るのか、引退した元議員(※小泉とか)や現在知事のような人も入るのか
・2006年の自民党の後継総裁選レースは安倍晋三が終始トップを走っていた。だが、福田康夫靖国神社問題などで小泉政権と距離を置く発言をすると一気に上昇。「安倍・福田2強対決だ」「安倍か、福田かの二者で調査をすればわからないかも」との声もあがった
・だが、自民党内や党員の状況を見ると終始安倍が強さを見せていた。実は世論調査の数字は当然、非自民の支持者も対象にしており、福田の上昇は小泉と距離をおいたための、野党支持者の吸収があったためと思われる・・・

なかなか面白い。そしてもうひとつの挿話。

・まったく党内基盤を持たない河野太郎が2006年5月、”出馬会見”を行った。「総裁候補になろうと思っている」…候補に? 実は総裁選に出られる前提、推薦20人のめどが全然立ってなかったのだ。
・だが河野にはひとつの戦略があった(1)まず”立候補”をメディアで表明。そして…(2)「世論調査が、推薦人制度にかわる予備選だ」として「次の首相にふさわしい人」の数字を待つ。(3)その数字をもとに推薦を議員に訴える。というものだった。
・ この試みは「多くの国会議員の冷笑を誘った」がいくつかの社の調査では「実際に3%を獲得し、2%の谷垣禎一を数字で追い越し、麻生太郎にも肉薄した」と筆者はいう。
・だが、実は「次の首相候補」に河野を選択肢として入れた社は数社で、多数の社はそもそも選択肢としなかった。そのためこの試みは挫折した…


良くも悪くもゲリラ戦で挑んだ時から、状況は変わっているのか。
実際に総裁選ともなれば、支持するグループがいるか、という話にもなってくるのだろうが。